第5話 生者と死者の狭間で

 とある教会の聖なる夜の話だ。

 その日は、クリスマスイブという事もあり、子供達は黄色い声ではしゃぎ回り、食卓には、蝋燭チキンやパンなどが豪華に並ばれていた。

「こら、お祈りの時間ですよ。」

シスターは、手をパンパン叩くと子供達を席に着かせた。

「はーい。」

子供達は、席に着いても尚はしゃいでいた。目の前の御馳走と、窓の外の雪で気持ちが高ぶっていた。

「早く、サンタさん、来ないかなあ。」

「良い子にしてないと、サンタさんが来ないどころか、ダークネスという化け物に喰い殺されてしまいますよ。」

シスターは、そう言うと目を閉じ祈り始めた。

「ホーリー姉ちゃん、怖い…」

女の子が、隣の席の年長の子の服を掴んた。

「大丈夫。お姉ちゃんが、守ってあげるね。」

シエルという名の女の子は、優しく女の子の頭を撫でた。


夜の10時頃ー。

シスター達とホーリーは、クッキー作りに勤しんでいた。甘く優しい匂いが、キッチンから溢れていく。

 オーブンからクッキーを取り出し、袋に詰めていく。

「ごめんなさいね。いつも手伝わせてしまって…あの子達、身寄りがないから…」

「いいんです。こういうの楽しいですから。私は、子供達の喜ぶ顔が幸せなんです。」

付箋に宛名を書き、クッキーの入った袋に貼り付ける。


 そしてシスターとホーリーは、寝ている子供達の寝室に行くと枕元にそれを置いた。



 不気味なまでに丸く大きな、満月の夜ー。

禍々しい漆黒の炎が教会を覆い尽くす。


 教会は、メラメラ燃やされ殆どの人は、ダークネスに食い殺され骨だけが散乱していた。


無数の黒い羽が、辺りに舞い落ちる。


ただ一人の少女を残してー




「ーで、奴らの特徴は、どんな感じだった?」

ルミナは、湯船につかり天井を見上げる。

「妖気の流れが、異様なんだよ。奴らは多分、大量の仲間をも喰らってきた筈だ。しかし、そこまで強力な魔力は感じられないんだ…多分、バックに大ボスがいるんじゃないのかな…?」

オズは、着替えとタオルを持ってくるとそっと脱衣所に置いた。

彼女の身体は、日光に弱い。僅かでも日光に当たると被れ最悪溶けてしまう為、1時間以内に特性の薬湯に浸からないといけない。

 彼女の身体全身には、所々に傷跡がある。かつての仲間が殺られた時の傷らしいが、彼女は詳細は未だに話してくれない。時折感じる、彼女の空虚な眼差しから何か苦々しい過去があったのだろうが、彼女は決して語らない。

「そうか。その大ボスは、魔王レベルの力を有してるんだとしたら…辻褄が合う。」

ルミナは、そのまま首までつかると目を閉じた。

「その魔王は、影に潜んで子分に力を分け与えてたんだとしたら…」

「ああ。影の世界から遠隔で子分らを操作して、子分らが喰らった分の6割7割をその魔王が喰らった…そう、考えられるな。」

ルミナは、聞いただけの情報から敵の特徴を瞬時にいい当てる所がある。あまりに勘がよくまるで仙人のようであるが、200年以上生きてきた経験からくるのだろう。そして、オズは、彼女から魔王に対する恐怖という感情はあまり感じた事がなかった。一度に数百人を喰らい、自分の命を狙っているかも知れない魔王に対して大抵の者は震え上がる事だろう。

「野放しにして、いいのかよ?」

「奴等は、一時的に魔王から力を与えられたドールに過ぎない。魔王の目的が終われば、彼等はただのドールに戻るんだよ。その魔王も、食べたあとはしばらくは動かない。」

「そうか…だが、お前、様子が変だぞ。」

オズは、さっきからルミナのぼんやりした口調に違和感がした。

「いや、あのドールの中に…気になるオーラがあったような気がして…」

ルミナは、眉をハの字に寄せながらじっと天を見つめていた。

オズは、その表情を見ると直感でかつての仲間だと悟った。

「そいつらは、お前の仲間なのか…?」

「ああ。元な。」

「元に戻す方法は、ないのか?」

「奴らは、もう死んでいる。もうアイツらは骨の髄まで…いや細胞単位で闇落ちしたから、もうどうにもならない。それに、私は闇落ちした者の面倒まで見ようとは思わない。アイツラは弱いからダークネスに隙をつかれ殺された。挙句の果てに、こんな醜い姿になりやがった。」

ルミナの顔は、今までにない冷徹で険しいものとなっていた。オズは、ルミナの口調から氷固まり冷や汗をかいた。

「だけど…せめて、何か情ってものが…」

「綺麗事は、幾らでも言えるんだ。簡単だ。お前がどうにかできる事ではない。」

ルミナは、顔色1つ変えずに冷めた口調で言い続けた。

「仲間だったんじゃないのか?思い出だってあるだろ。俺は、死者だとしても魂を浄化しないと意味がないように想えるんだ。」

オズは、死者の魂はメンタル的な部分で何とかしないと意味がない、救済されないと考えている。

「アイツらは、もう獣だ。人ではない。人の心はもう無いんだ。。記憶もほぼないような状態だ。私を見ても襲って食べようとするだろうな。他に言う事は?」

ルミナは、今までにない、強い口調で言い放った。オズは、ルミナの厳しい口調から裏を読もうとするもその真意はつかめない。その険しく重く複雑な雰囲気から、何か深刻な事情があるのだとオズは察し口を閉ざした。



 オズは、夢の中で見知らぬ洋館の中で立っていた。

 彼は古びた洋間の中でぼんやり立っていた。洋間は12畳位の広さであり、家具にはうっすら埃がのっていた。暗がりの部屋の一部の壁には、謎の広大な鏡が一面に広がっていた。すると、辺りに黒紫色の炎が靄がかかったかのように鏡の中に映し出され、鏡には自分の姿ではなく、うっすらと少女の姿があったのだった。歳は10歳から12歳位だろうかー?ツバがボロボロのとんがり帽子に、古びたスカーフ、ダブダブのローブを身に纏っている。目元はツバで全く見えないー。オズは、頭に鋭い針が突き刺さる様なキーンとしたものを感じた。

 オズの心臓の鼓動は昂り、感情の潮が迸った。鏡の中の少女は、にっこり微笑む。

『こんにちは。オズ君。』

蜜のように甘く優しい感じの声である。

『お前、いつも聞く声の主かー?』

オズは、少女の声に聞き覚えがあった。幼少期から、時折聞いてきた声だ。しかし、姿を見たのは、初めてだ。

『あら…嬉しい。あたしを覚えてくれるのね。』

少女は、無邪気な口調を発した。しかし、オズは少女を見ていると何処となく不安を覚えたのだ。

『お、お前が、俺の両親を…養父を殺したのか…?』

あの時、見た黒紫色の炎とさっき見た炎が酷似していたのだ。

『ふふふ。そうとも言えるし、そうでもないと言えるわね。』

少女は、懐かしむかのようにうっとりはなした。

『…』

『ねえ、面白い話よ。死者蘇生って知ってる?』

『それは、お前らがしてきた事だろ?お前らがしてきているのは、死者への冒涜だ。俺の養父だって…』

オズは、握りこぶしをきつくグーの字に丸めた。少女の、何処となく小もてあそぶような話し方に軽く苛ついてきた。

『ええ。そう思われても仕方ないわね。蘇った死者はね…元の人格を完全に喪失した。生前の記憶も、理性もなくなっていくの。でも、私達は、力を与えたの。救ってきたのよ。』

すると、再び黒紫色の炎が少女を包み込み、目前の鏡に、謎の男がむしゃむしゃと人を食べていた光景が映し出された。


少女はほくそ笑むー

『この男は誰だ?俺の父か?』


ー!?ー


『あなたの祖先よ。あなたの祖先も私達も、禁忌を犯してきた。だけど、それはホンの出来心。好奇心。』

少女は、天使の様な優しさで、宥めるように話した。

 すると、たちまちドクンと心臓が再び脈打つー。雷に打たれ方の様な衝撃を感じたー。

少女は、オズの心を見透かしているかのようにほくそ笑む。その笑顔は、悪魔のような不安になるような笑みだ。

 


 空は黒に近い鉛色で、大雨が滝のように降り注いでいた。所々に、雷でピカピカ光っていた。その空の元、廃墟の広場で大太刀を担いで得意気に仁王立ちしている見知らぬ男がそこにいた。自分の足下には人骨の山が、冷たく無残に積み重なっているのが見えた。


「だ…誰なんだ…?コイツは…?」


『今は、まだいいのよ。オズ君。では、今宵はこれにて。』

少女の甘く柔らかい声が木霊し、部屋中を反響していたー。


 オズはクラクラ立ちくらみを覚え、視界に再び黒紫色の炎が霞がかって広がり、意識は遠のいていったのだった。

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呪いの血を受け継ぎし青年、今宵も妖魔討伐を承ります。 ミヤギリク @sky099

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