第4話 醜いアヒルの子

 オズは、自分が只の人間でない事を昔から勘付いていた。

 彼は、自分の本当の親が分からない。ただ、父親はごく普通の優しく勇気ある人であると言われていた。ただ、物心つく頃から自分は周りと明らかに違っていたと言うことを認識していたのだ。

 オズは、黄味がかった色白の肌にキレ長の目にやや丸みがかった鼻筋をしていた。そして、癖の強い黒髪に面長の顔立ちー。この界隈ではあんまり見ることのない風貌をしており、時折物珍しそうにこちらを眺める人々もちょくちょくいるものだ。

 しかし、それだけではない。自分の思った事が実現してしまうことがあるのだ。それで、クラスメートが負傷や気絶してしまう事もしばしばあった。オズに関わる者達はみんな顔を尖らせ、ピリピリした空気が張り詰めていた。

 養父も奇妙であった。180センチは優に超えるくらいの長身で、丸渕眼鏡の温厚そうな感じの人だった。そしていつもオズを気に掛けてくれていたが、彼に近付く度にゾクゾクした寒気が奔った。彼から硫黄の様な匂いに、ドライアイスの様な乾いた冷たい空気を感じ取ったのだ。

『お義父さん、どうして僕は皆と違うの?』

『お義父さん、どうして僕は皆のようにできないの?』

『お義父さん、僕は何処か変なの?』

『お義父さん、僕は化け物なの?』

これらの言葉は、何十回も何十回も言った事がある。しかし養父はただ微笑むだけでオズの頭を軽く叩いた。

『君は不思議な力が備わってるんだ。君は今は今は醜いアヒルの子だ。いずれ、黒鳥になるんだよ。』

と、養父は腑に落ちないモヤモヤした事を話した。それはずっと晴れない霧の中をさまよい続ける感覚であり、オズの心にずっと引っかかっていたのだ。


ー醜いアヒルの子ー、黒鳥…


オズはその言葉の意味がずっとわからずじまいですあった。

 

 そして、養父の書斎は立入禁止だった。養父は部屋の鍵を常にカッチリ締めては、オズが絶対に入れないようにしていたのだ。そして時計の短針が毎晩午後9時を回った頃、書斎から毎晩決まって生ゴミのような牛の糞のような物と硫黄が混じり合った様な不快な匂いが、謎の黄土色の煙と共にドアの隙間から漏れ出していたのだ。

 それはオズは12歳になった頃の事だー、オズは暇つぶしにスーパーボールを地面に叩きつけて遊んでいた。

 スーパーボールはコロコロ転がり、養父の寝室のドアの隙間の中に入り込んだ。オズは、スーパーボールを取りにいつも千錠してあるドアが開いたのだった。

 スーパーボールはベッドの下に入り込みそれを掴むと、そのまま出口に向かった。すると階下の方からゆっくりと階段を登る足音が聞こえてきた。オズはドアを締め内側から鍵をかけた。そして手前の押入れの中に隠れ、ひたすら息を殺していた。オズの心臓がバクバク激しく脈打った。そこへ、扉が開き木の床が軋む音が聞こえてきた。ドアはキーと軋む音がし、養父が姿を現した。

 彼はゆっくり前進しベットの前でしゃがむと、大きなスーツケースを3つ取り出した。ケースを開けるとそこには人の遺体が入っていた。

 オズは悲鳴をあげようとする口を必死に両手で塞いだ。目の前の人間が実は化け物でよだれを垂らしながら美味しそうにムシャムシャボリボリ人肉を食らい付くしていたのだ。

 すると辺り一面に卵や魚の生臭い匂いと硫黄が入り混じった匂いー、黄土色の煙が辺りを充満していた。オズワルドはその鼻をつんざく様な匂いに吐き気を催した。

 すると、養父の姿が変貌していた。彼の背中には翼がー、頭部には角が生えているのだった。彼の背丈も2メートルを優に越え、彼の周囲を黄土色の炎が微かに取り囲んでいた。そして、彼の口からは牙が生えているようにも見えた。

 オズは身震いをした。長年自分を育てあげた養父は実は化け物で、美味しそうに人間を喰らい尽くしているのだ。

 すると押入れの奥から、薄っすらと白い物がコロコロ転がり落ちてきた。その白い物を手に取ると、それは髑髏でありオズは軽く悲鳴を上げた。その弾みでオズは尻もちをついてしまった。お尻の下が不安定でゴツゴツした感じを覚え、オズは右下に視線を下ろした。すると、そこには髑髏が積み上げられているのだった。オズは軽く悲鳴を上げた。するとカラカラと髑髏の山が崩れ落ちる音がした。

 すると、養父はゆっくり押入れの方を振り返えった。

「ー見たな…」

養父は普段聞かないような、ドライアイスの様な低く乾いた声を発すると、彼の右半分が一瞬で溶け出し、蒸発して髑髏の様な姿になった。

 オズはゾクゾクした寒気を覚え、悲鳴をあげた。そこからの記憶は彼は気絶をしており、定かではない。目を覚ますと、養父の遺体と数名の少女の姿がそこにあった。オズは組織に預けられ、そこで身体の精密検査を受けた。彼はそこでダークネスの血が入っているという事が発覚したのだ。彼の父親か母親のどっちかがダークネスであるというのだ。彼は、異世界召喚されルミナと共に屋敷で暮らすことになり今に至っている。

 その自身の中にある不思議な禍々しい力は、父親か母親のどちらかから受け継いだ物なら、自分もいつか化け物になって人を食い殺す存在になってしまうのだろうかー?

 彼は自分の両親がどのような者なのか、知りたくなった。自分の本当の名前を知りたかった。親の素性を知りたかった。大半の者が知っているであろう事を彼は知らないで育ったのだ。

 自分は何か運命付けられているように感じている。しかしそれは強く禍々しい不思議な力に引き寄せられているように感じたのである。


 オズは、ごく普通の人間の少年の筈だった。

 しかし、オズは、自分がただの人間であることに強い違和感があるのだった。

 自分の本当の親は人間であるらしいー。ダークネスという化け物の血筋が入っているらしいが、母親が分からない。

 オズは、本名ではない。自分の本当の名前は知っている。だが、ルミナからは、今の世界では護身の為に明かさぬように忠言されているのだ。この『オズ』という名は、ルミナからつけてもらった名だ。

 オズは、幼少期は、いつも強い不安の中で生きてきた。心強い味方が一人でも欲しかったのだ。

「お義父さん、お義父さんは人間だよね?化け物なんかじゃないよね?」

オズは、混沌とした不安を抱えながら養父に尋ねた。

「何を言ってるんだね?」

養父は、いつもニコニコしながら穏やかにオズを宥めた。


 そんな中ー、ダークネスの養父を撃退したハンターの青年2人と出会った。彼らは、養父はダークネスであり幼いオズを異世界からさらってきたというのだ。


『お前は…変わった眼をしてるな…ダークネスか…?』


ハンターの青年は、そんな事を言っていた。



 オズは、急に恐くなり、すきをみてその場を逃げた。ひたすら走り養護施設に身を寄せた。ずっと信じていた養父がダークネスで人食いだったという、混沌とした恐怖にオズの頭はパニックを起こしていた。

 このでは、変わった事ばかりやらされていた。

 普通に椅子に座り授業を受け、普通に体育のような事をやらされる。

なんともない普通な日常ー。

オズ達、施設の子供はほぼ毎日ゲーム感覚で、異形の化け物と戦う訓練をしてきた。洗脳されてきた為か、恐怖心はあまりなかった。

 しかし、自分は騙されていたのだと知った。

 ある日突然、空間に穴が空き巨大な芋虫が出現した。その芋虫は、次々と仲間を丸呑みにした。今までにないとてつもなく強い恐怖が痺れるくらいの恐怖が、オズを襲った。

そして、自分だけが生き残ったのだった。


養父のトラウマー、突然襲いかかり仲間を次々と喰い殺した異形の化け物ー。

それは、為す術もない絶望を表していた。

非力な少年は、心に闇を抱えてしまった。


オズの心の奥底に、重い泥のような鉛のようなものがずっとつっかかっていたのだ。



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