第10話「夜這う」


 あれからね、あたしも色々ぼんやり考えちまうんですけどさ、お柳さんも一応ちゃんと考えてくれたらしいんですよ。


 そしたらさ、その結果一番被害をこうむってるのがウチの人なのちょいと笑っちまいました。

 そのせいでウチの人、毎日いらいらしてんですよ。


「むぅぅぅ……。ところ構わずベタベタしおって! なんか知らんが無性に腹が立ってしょうがないぞ!」

「だ――だってしょうがないだろ!? こうしなきゃお化けにさわれないってんだから!」


 真っ赤な顔して仁太が抱きしめた、その腕の中からお柳さんが続きます。


「ええ、これしかありません」


 まぐわ――もとい、同衾すりゃ中から外から神気を融通出来るから短期間で済むってことですけど、お柳さんが言うにはこんなして手が空く度に触れ合ってりゃいつかは神気も溜まるって言うんですよ。

 ほんとなのかねぇ?


「ぐぬぅぅぅ。貴様ら将来を誓った仲という訳でもあるまいに。不埒ふらちぞ!」


 そうそう。それこそ新婚夫婦みたいなベタつき具合なんですよ。ウン十年前のあたしと仁左衛門もこんなでしたね。

 なんつってもあたし、愛され過ぎてたからねぇ。


「わ、わたくしは仁太様と……その、添い遂げたいと……」


 わぁびっくりした! なんか凄いことあっさり言ってのけましたよこのひと


 で、それに対して仁太。


「お、おおお俺はまだはははは半人前だかららら!」


 満更でもない、と。

 何度も言うけどソレ、姿形は婆ちゃんの若い頃だからね。

 でも、お柳さんも仁太も、割りとその、本気、なんだねぇ。


「ふん! 腹の立つ!」


 そう言って作業場の板敷きを強く踏んで立ち上がった仁左衛門。そのままドスドスと歩いて座敷へと行っちゃいました。


 ちょいと気になったんで、お柳さんの肩からフワリと飛び立って跡をつけます。

 あんまり離れちゃ消えちまう、なんてお柳さんには言われたけどさ、色々試してみたんですよアタシも。


 おっかなびっくりの恐る恐るで離れてみたんですよ。

 初めは半間はんげん、お次は一間いっけん、一間半ってね。

 そしたらさ、この家の端から端くらいに離れたって平気なのが分かったんだよ。


 さすがにソレ以上はぶるっちまって試せてないけどね。


 だもんでウチの人を追っ掛けてった先。

 仁左衛門は仏壇にぬかづいて、リーンとおりんを鳴らして手を合わせました。


 昔っからあたしは言ってたんですよ?

 ウチは賢安寺の檀家ですから、読経以外でお鈴を鳴らさなくって良いんですよ、ってさ。


 まぁ気持ちは分かりますけどね。

 目の前にあれば鳴らしたくなりますよね。


 あれ?

 さっきまで怒ってた筈のウチの人の、手を合わせて目を閉じたその横顔。

 どうやら微笑んでるらしいんですよ。


「由乃。それに香乃娘婿元太。仁太がなんか面白いことになっとるぞ。一緒に眺めて笑えりゃ良かったが、とりあえず儂だけでも笑っとくからな」


 なんか、グッとくるものがありますね。

 ごめんなさいねお前さん。先に逝っちまったあたしらを許しておくれ。


 立ち上がって作業場に戻る仁左衛門の背を見送りながら、入れ違いで作業場から出てきたお柳さんの肩に止まって言いました。


『お柳さん。お願いがあるんだけど聞いちゃくれるかい?』

『なんでしょう? 聞きますけど内容に依りますよ』


 うん、そりゃそうだね。正論だ。


『ウチの人とあたし、会わせて貰えないかい?』

『……? でも貴女の御主人、お化け見えませんよね?』


『そこをなんとかお柳さんの力でさ』

『ん……。ん〜。何か企んでます?』


 鋭いねお柳さん。でも……


『悪い様にはしないよ。お柳さんと仁太のために、ね』

『そうですか。考えてみます』



 その日の晩、みんなが寝静まってからお柳さんに声掛けられたんですよ。


『由乃ちゃん、行きますよ』

『行きますってどちらへ?』


『決まってるじゃないですか。ですよ』


 よ――夜這いって貴女! だから仁太とまぐわ――もとい、同衾するのは待っておくれよ!


 声を荒げようとしたあたしはお柳さんに引っ掴まれて、すわ害されるかって冷や汗かいたのも束の間、予想に反してあたしはお柳さんの胸に放り込まれたんですよ。

 服の中でなく、胸の谷間でもなくって胸の中へ。


『仁太様にじゃありませんよ。お祖父様にご用事なんでしょう?』


 ウチの人に夜這い……?

 や――やだお柳さんたら!

 あたしら幾つだと思ってんですか!


『何考えてるか手に取るように分かりますよ? 由乃ちゃんのスケベ』

『な――っ!? 何言ってんですかあたしそんなのちっとも――』


 さっきまであたしが乗ってた肩へ向けて、お柳さんは口の前に立てた人差し指と目顔で黙る様に諭します。

 お化けでさえない今のあたしが騒ごうが誰も起きやしませんけどね。


 そして仁左衛門ウチの人の枕元。 


『じゃ由乃ちゃん。夜明けまで、って言ってあげたいけどせいぜい四半刻です。久しぶりの逢瀬を楽しんでね』

『え――ちょいと……いきなりかい?』


 あたしの呟きに応えず、ぐがーぐがーと眠る仁左衛門のコメカミを挟む様に両手で掴み――


 ちょ……一体なにを……


『そいっ!』


 え……?


『わたくしはしばらく由乃ちゃんの中で眠ります。盗み聞きなんてしませんからたっぷり愛を語らって下さいね。じゃ、ごゆっくり』


 さらに急ぎで付け加えました。


『後でちゃんと御主人もとに戻しますから』


 そしてあたしの感覚に、途端に戻るお化けの時の浮遊感。


『なんじゃ!? 地揺れか!?』


 わぁ……凄い。

 あんなに生命力に溢れたウチの人の、その姿……この目にする事があるなんて思わなかったねぇ。


『ゆ、揺れ――揺れとりゃせんか……。なんだったんじゃ一体…………ふん、ちと落ち着こうか』


 布団から少し離したところの煙草盆。

 布団の上に胡座あぐらをかいて手を伸ばし、ちゃんとやってくれましたよ。


 スカっ――ってヤツです。


『ぬぉっ!? も――もしかして儂……死んだのか!?』

『お前さん。心配しなくても死んじゃいませんよ』


 ……………………


『よ――――由乃ぉぉぉぉぉぉおおおお!!!』


 うっかり頬がニヤついちまいます。

 ウチの人ったら、ほんと相変わらずですねぇ。

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