第9話「分かっちまった」
下唇を噛んで震えるお柳さん。
どうやら納得いったみたいではありますけど、たかがお化けのあたしに諭されたのが悔しかったみたいですねぇ。
「考えます」
『考える? なにを?』
「まぐわなくてもお化けに触れられる様にする方法」
ちょ――あんまりにも直截な言い回しはやめておくれよ。
「でも! でもですよ!?」
めげませんねぇこの
「もし仁太さまからわたくしのこの体を求めて来たら拒みませんよ! わたくしだって由乃ちゃんみたいに愛されてみたいのですもの!」
いやだからソレ、あたしの体なんだってば。
でもまぁ……そうだねぇ。
お柳さんの言い分も分からなくはない、か。
『それなんだけどさ、恋のお相手は仁太じゃなきゃ駄目なのかい?』
勘違いしちゃ嫌ですよ?
仁太相手じゃなきゃ喜んで体貸しますって訳じゃありませんからね。せめても仁太じゃなければ体貸すのも
「仁太さまでなければ駄目なのです!」
『なんだってそんなに仁太にご執心なの――』
「っとにお前は! 半人前どころか
「じ、爺ちゃんだって『よし、合格だ! でかした! 偉えぞ! さすが儂の孫だ!』なんて言ってたじゃねえかよ」
「お二人とも、おかえりなさいませ。お疲れ様でしたぁ」
しれーっと何事もなかった様に二人を労うお柳さん。この心臓の強さは大したものですねぇ。
「どうかなさったんですか?」
「それが聞いてくれよお柳ちゃん! このバカったら
九字名号に十字名号と来りゃ、そりゃ牡丹ですよねぇ。
でもまぁ仁太が言う様に――
「でもお祖父様も合格出してらっしゃいますから。責任の所在で言えば……
あら。あたしと同じ意見ですねぇ。
この一見するとただの素人小娘の言葉に対して、ウチの人がどんな反応するかってえと……
「うーん、まぁそうだ。ってより、
――さすがはウチの人。責任ってのが何かよく分かってる!
そう、責任ってのはそういうものですよね。
でもだからって――
「でももちろん仁太さまの不始末ですけどね」
そうそう、その通り。
この辺りの常識的な所はあたしとお柳さんと、さらに
仁太が作った青菜の味噌汁と、ウチの人が炊いたご飯、危なっかしい手付きでお柳さんが刻んだ沢庵とで晩ご飯を済ませて寝所です。
生前のあたしと仁左衛門とは同じ部屋でしたけど、今は三人が三人ともひとり部屋です。部屋数だけはそれなりにありますからね。
『ではお柳さん』
「なんですか由乃ちゃん」
横になったお柳さん。ふわふわ漂うだけの姿をあたしはその胸の上にちょこんと置いて続けました。
『声に出さずに話して下さいな。聞こえちゃ怪しまれちまいますよ』
「…………あ、そうですね』
途中からは心の中で話してくれました。便利ですねぇ。
『昼間の続きをお願いしますよ』
『え、っと。仁太さまじゃなきゃ、ってヤツですか?』
そうそうそれそれ。大事な事ですからね。
『由乃ちゃんは覚えてませんか? ずいぶん前、仁太様が五つの頃の事なんですけど』
仁太が五つ……何かありましたっけねぇ?
確か娘夫婦がおっ
『貴女の御主人、わたくしを伐り倒して材木にしようとしたんですよ。覚えてませんか?』
あ、あ〜、覚えてます。
いざ仕事を再開してみりゃ材木が足りないってんで、伐り倒そうとしたんでしたっけね。
そりゃ乾燥させるのに半年か一年は掛かりますけど、そうすりゃマルっと解決の良い案だったんですよねぇ。
『それを止めてくれたのが仁太さまだったのです!』
そういやそうでしたっけねぇ。
その頃あたしはもうお化けになってフワフワしてましたけど、ふた親が死んで泣き暮らす仁太が立ち塞がったんでしたね。
――この子まで居なくなっちゃ嫌だ――
なんて言ってわんわん泣いたんでしたっけ。
『信じられますか? 仁太様はあの時すでに、
はぁ。
まぁ、そういう
なら足掛け十五年、孫のことを想ってくれてるってぇ訳ですか。
『じゃ何かい? 仁太が歳頃になるの待っててくれたってぇ訳ですか?』
『あ、由乃ちゃん賢い。わたくし今か今かと……で、そろそろかしらと思ってたらちょうど良く由乃ちゃんが近付いてきたから…………ばくっと、ね?』
ね? じゃないですよ。
けど、んー、ちょっとだけ、そう、ちょっとだけね。
お柳さんの方が正しいんじゃないかと思っちまったんですよ。
なんつってもさ、あたしは既に死んでるお化け。
柳の木の精だっつってもさ、お柳さんは確かにここに生きてるんですもん。
それに何より、ウチの仁太にすっかり恋してる、ってえのが痛いくらいに分かっちまったんですよねぇ。
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