第8話「死にます」


 ――お化けを害せる――


 怪しく微笑みそう言ったお柳さんは、少し怯えたあたしに対して慌てて付け加えました。


「だ――だからってわたくしがそんな事する訳ないじゃないですか!」

『いやぁぶっちゃけね、それをするしないってより、それが出来るってのにちょいと怯えちまうねぇ』


 口ではなんとでも言えますから。

 それにあたしの体もいきなり奪われてますしねぇ。


『でもまぁそれは良いとしましょう』

「はい、そうしておいて下さいまし」


『先ほどの仁太がお化けにほんの少しれられた件、お柳さんと手を繋いでいれば触れられる様になる、この認識で合ってますか?』


「概ね合ってます」


 概ね? じゃ違うところもあるってことですか。


「わたくしも試した事ありませんでしたからはっきりとは言えませんが、手を握るくらいじゃアレが限界みたいです」


 アレってえと、一瞬触れた後はすり抜けちまった事だね。


『……まぁ、それでも仁太にとっちゃ大きな進歩ですかねぇ』


 死んだ両親に触れたい、抱きしめたい、それに比べりゃ中途半端だけどね。


「その……多分、仁太さまもわたくしと同じように触れられる、と思うんです」

『へぇ? どうやって?』


「その…………わたくしと……夫婦めおとになれば……」

『え? どうしてだい? 夫婦になるとなんか違うのかい?』


「いえ、厳密には……その……わたくしと…………きゃっ」


 ――言っちゃった! じゃありませんよ全く。


『だ――駄目ですよ! それあたしの体なんだから! 分かってんのかい!? あれはあたしの孫なんだってば!』


 これはどこまで行っても平行線。

 あたしの体で仁太に恋するまでは、まぁ許せます。

 でもあたしの体で、その、ど、どど同衾ってこのひと一体何考えてんだっての!


「でもでも! そうすれば仁太さまの体にわたくしの力が宿ります。逆にそうしないと仁太さまの悲願は達成できませんよ!?」


 う、うーん。

 それを言われると辛いですけど……


 あたしは娘夫婦が死んですぐ、泣いて暮らす幼い仁太を目にしてます。

 お化けになって帰ってきた二人に喜んで、けど触れることも出来ずにまた泣いた仁太も。

 ……でもお柳さんも同じように長いことソレを見てきた訳ですよね。


『いやそんでも駄目ですよさすがに。どうにか他の手立てをお願いしますよ』

「えぇ〜。そんな簡単に言われてもぉ」


 かわいこぶりっ子したって駄目。

 これだけは譲れません。そりゃそうでしょうよ。


『是が非でもお願いします。その手段しかないのであれば、洗いざらい仁太にぶちまけて今回の話は無かったことにして頂きます』

「い、今の由乃ちゃんだと仁太さまに声は届きませんよ!」


 え? そうなんですか? そう言えばまだ試してもなかったですねぇ。


『だったら……成仏してやります! その体と共に!』

「うっ……そ、それもその姿だと出来ませんよ!」


 ホントかどうかは別にしても、きっとそう返ってくると思ってました。

 ふふん。あたしだってちゃんと考えてあんだから。


『じゃああたしはもう金輪際手伝いません! あたしのフリ――って正真正銘あたしですけど――で仁太に声掛けることもしませんよ!』


「い、良いですよそれでも! 由乃ちゃんが出てっちゃった事にしちゃえば平気ですもん!」


 それがそんな簡単だと思ってる辺り、甘ちゃんですねぇ。


『そんな事したらどうなるか分かりませんか?』

「え……どうかなるって言うんですか?」


 今のあたしに表情なんてのはありませんけど、たっぷり間を取りつつ、ニヤリと笑って断言してやります。


!』


「そ――そんなこと――! あ、あり、な――……得ますね」


 でしょう? 長いことあたし達を見てたって事ですから、お柳さんなら分かってくれると思ってました。

 自死するとまでは思いませんが、間違いなく弱って死にます。残念ながら自信あります。

 だからあたしはお化けになってまでこの世に残ったんですから。


「でもでも! もしそうなったらわたくしは仁太さまと二人っきりで支え合って生きて――」


 今のあたしにゃもちろん指もありませんけど、ちっちっち、と振り振りのつもりで続けます。


『貴女に支えられた所で半人前の仁太ひとりじゃ仏壇由乃屋はもうやってけませんよ』


 はぁ、とひとつ溜め息を挟んで続けます。


『そしたらこの家も手放す羽目になってさ、あんたらは小さな長屋借りて住んでさ。するってえとじきにあの柳の木もり倒されて、お柳さんはお化けになることもなく先立って』


『そしていつかは仁太も生涯良いことなんてなかったとかなんとか言って儚く孤独に死んでいくんだろうねぇ』


 よよよ、なんて感じで目元を拭って言いました。いえ体はありませんからそういう気分で、ですけどね。

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