第7話「触れる」


「それが分かればお柳さんもやれるんじゃない?」


 仁太みたいにお化けと付き合えば良いだけ、だったら確かにやれそうですね。


「いえ、なかなか難しいですよ。仁太さまみたいに自然に、っていうのは」

「そういうものかな? そんな大したこっちゃないと思うけどねぇ」


 実際お柳さんが踏んづけたとしたら、ちゃんと踏んづけられちゃうんですよねぇ。


「そうだ。良い機会だからもう一度抱き上げてみてよ。犬でも鶏でも良いからさ」


 仁太の言葉に従い、足下でのんびりしてた鶏を無造作に抱え上げたお柳さん。

 ですがやっぱり怯えて震える鶏。この間の犬も怯えてましたけど、どうしてかしら?


「めちゃくちゃ自然に触れてるなぁ。どうやるんだろほんと」


 試しにと仁太は犬を抱えてみようと手を伸ばしますが、こちらもやっぱりすり抜けてしまいました。


『どうしてさわれるんです?』

『…………言いにくいですけど、わたくし人じゃありませんから、かなぁって』


 ぽんっ、と手のひら叩こうと思ったのに、あたし体がありませんでした。

 なるほど。あたしの幽体を使って実体化してはいますけど、それでもやっぱり人じゃないと。


 現人神あらひとがみ、人間でありながら神である、なんかそんな具合なんでしょうね。分かりませんけど。

 そりゃあ幽霊に触れるくらいはお茶の子さいさい、朝飯前ってことですか。


『でもそれだと……仁太はどんなに頑張っても触れられないんでは……。お柳さん、貴女まさか仁太を騙したのかい?』

『人聞きの悪いこと言わないで下さいよ由乃ちゃん! ちゃんとわたくし考えてあるんですから!』


 あら。それは失礼しました。あたしゃてっきり――


「そうだ! お柳さん、ちょっと手を貸して貰えない?」

「手ですか? これで良いでしょうか?」


 おや、仁太がなにか思いついたみたいですね。

 鶏を抱えたままのお柳さんが、片手を開いて仁太の方へと伸ばしました。


 それに仁太も手を伸ばし――


「ごめんね、ちょっと握るよ」


 仁太にギュッと握られたお柳さんの手。

 見る間にお柳さんの頬が赤らみました。


「こうしておいて……、ちょ、こっち来てよワン公」


 反対の手を足下の犬へと仁太が伸ばすと、びくりと震えた犬のお化けが逃げ出そうとお尻を向けて――


 仁太の指が犬の尾っぽに触れ……てやっぱりすり抜けてしまいました。


「あ……今……ちょっと当たった……ような、気が……」


 え、ほんとですか? あたしにはすり抜けた様にしか見えませんでしたけど……?

 仁太が自分の指先をまじまじと見詰め、勢いよくお柳さんへ振り向きます。


「お柳さん! いま確かに俺――」


 振り向いた先には真っ赤な顔で固まるお柳さん。


「……あっ、ごめん! ずっと握ったままだった!」

「いえっ! そんな――全然っ!」


 なんですなんです〜?

 なに真っ赤な顔してんですか二人とも〜?


 なんて言ってみてもですよ。正直あたしも赤くなってると思います。

 だって姿はあたしの若い頃で、そのぷにっとした指を握った相手は孫なんですよ。なんならあたしが一番とばっちりだよねぇ。


「でもいま俺! 確かにちらっとさわれたよ!?」

「えぇ、見てました。間違いなく、確かに」


 あたしのとこからはよく分かりませんでしたけど、どうやらホントらしいですね。


『けどホントなんですか? そこんとこどうなんです?』

『きっとホントです。さっきわたくしが言った『考えてる』ってこの事ですから』


『? どういう事ですか?』

『由乃ちゃんには後でゆっくり説明しますね』


 その後は帰ってきた仁左衛門ウチの人が仁太の絵図面を確認し、『良し合格だ』のひと言だけ仁太に与えました。お柳さん様々ですね。


 そして二人で手分けして木地師きじしさんや錺師かざりしさんの元へと図面を届けに出ました。


 来てまだほんの数日のお柳さん一人残して店番させるのどうなんだい。簡単に人を信用する二人だねぇ。


 でもま、ちょうど良かった。

 ちゃんと聞いておきたかったからね。


『じゃ、きちっと説明してくれるかい?』

『ええ。そんな難しい事じゃないんですよ』



 ――――確かに思ってたより簡単な事でした。


 お柳さんはかなりの年月を年経としへた柳の木。

 ご本人が言うには、いつ頃だか知りませんけどあたしが思った通りに神さまの端くれになったと。


 そしてその蓄えた力――名前がないそうなんであたしが適当に付けますよ――お柳さんの神気を、仁太に少し融通したそうです――――


『簡単ですねぇ。せいぜい五行で済んじまいますよ』

『言った通りでしょう?』


 これなら仁太の目的もすぐに達せられそうですね。


『ところで、どうしてお化けはお柳さんに抱かれると怯えるんだい?』

『だってお化けに触れられる、ってことはね』


『ことは?』

『お化けをって事ですからね』


 お柳さんはその、あたしのぷにっとした手指で、キュッとどなたかの首を絞める様な手付きをして見せ微笑みました。


 おぉ、こわ。

 もしかして今のあたしもお柳さんにかかっちゃひとたまりもないんじゃないのかい?

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