第6話「逝く」
まぁなんだかんだでお柳さんの住み込み弟子生活は始まってねぇ。あたしもたまーに、仁太に怪しまれない程度には顔見せるってな生活さ。
でも生活、って
いやそんな事はどうでも良くってね。
お柳さんの覚えるって特技、割りと凄い特技だったんですよ。
あたしびっくりしちゃったもんさ。
「あ、仁太さま。それだとお爺様が作ってたのと左右が逆になっちゃいません?」
仁太が引いてた絵図面。
向かって右側に書くべき『
「え? あ……あーっ! いっけね、助かったよお柳さん!」
これ書いて出してたら大目玉ですよ。
ちなみに左側には『
実際にはそれぞれ掛け軸を掛けるんですが……って別に要りませんね、仏壇マメ知識は。
「あっぶね。これって賢安寺の檀家さんのだから爺ちゃんだけじゃなくって
ま、もちろん納品までには――ってより即ウチの人が見つけてすぐさまの大目玉だったでしょうけどねぇ。
何枚も描いた後の飾り用絵図面の内のひとつだったのが幸いでした。ボツにするのはほんの少し、ほんの半刻で取り返せる程度で済みました。
それにしたってお柳さんですよ。
確かお柳さんが見えられてからはこの宗派のお仏壇は仕上げてなかった筈ですけどねぇ。
『こんなのいつか目にした事があったんですか?』
『しょっちゅう見てましたよ。なにせわたくし、暇でしたから』
暇? あぁ、柳の木の頃に見てらしたってことでしたか。
『あの頃は本当に暇で暇で……。だってわたくし、木じゃないですか。幸い柳でしたから、風にそよがせた枝のお陰で木にしては広い範囲が目にできましたけど』
聞けばこの柳の木の精、
なんだかとっても恥ずかしい気もしますけど、ま、あたしらが若かったのは昔の事。時効って事にしといてやりま――
『わたくしも由乃ちゃんみたいに、色んなところ撫でられたり
ぽかん! とお柳さんのほっぺに体当たり。
それ以上はやめておくれよ。こんな歳でそんなイジられ方しちゃ死にたくなっちまうよぉ。
「よし! 爺ちゃんが帰ってくるまでに仕上がった! これもお柳さんのお陰だよ、ありがとう」
「いえいえ、そんなお礼を言われるような大層な事はしておりません」
炊事洗濯なんかはまだ全然出来ないお柳さんは、お家の中を延々とお掃除してくれています。
「そんな事ないよ。ホント助かったから」
立ち上がってそう言った仁太でしたけど、足が痺れたか何かでよろめきました。
そしてそのよろめき踏ん張ろうとした足先に、ちょうど猫のお化けがいたんですよ。
「わっ! ちょっ……そこどいて――」
仁太の言葉に、逆に固まる猫のお化け。
諦めた仁太は踏ん張る事をせず、そのまま猫を飛び越えぶっ倒れました。びたーんと。
「あいてて……。ごめん、びっくりさせたな。平気だったか?」
『にゃーん』
とひと声鳴いた猫は、ばぁっ、と体を光らせ始めました。
「お? 逝くの? 別に良いけどお前らって急だよなぁ」
にゃーんと仁太に返事だか何だかを寄越し、ふわりと浮かんで成仏していきました。
「お疲れさん。また来世でな」
ひらひらと手を振り別れを告げる仁太を、お柳さんがぽうっと頬を染めて見詰めています。
見慣れた景色ですけど、そんな頬染めるようなとこありましたっけ?
「ちょっとだけ分かりました」
「え? 何がです?」
「仁太さまがお化けに好かれるのと、成仏させられる理由です」
え? そうなんですか? 今の一度の成仏だけでですか? ってもずっと覗いてたから一度だけでもないんでしたっけ。
仁太も首捻って不思議そうな顔ですよ。
「あんまりにも普通なんですよ。仁太さまがお化けに対して」
「いやそりゃそうじゃないですか。だってそこに居てるんだし」
「ごめんなさい、言葉足らずでした。
「…………俺、そんなだった?」
お柳さんの言わんとしてる事は分かります。
今のだって、お化けに触ることが出来ない仁太が猫を踏んづけたとしてもすり抜けるだけ。
せいぜいびっくりさせるだけですが、仁太は敢えて飛び越え自分が床に叩きつけられた。
ってな事を言いたいんだろうねぇ。
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