第5話「覚える」
仏壇をいくつか並べた店の中から、続きの座敷にお柳さんに上がって貰ったまではまぁ良かったんですよ。
分かっちゃいましたけど、ひと悶着あったのはウチの人が賢安寺から戻った時。
あたしの六つ上の御歳六十二、
「よ――
――ごつんっ。
あんまり
「何すんだ実の祖父に向かっておのれはぁぁ!」
「うるせえボケ爺い! 婆ちゃんは死んだの! 生き返ったりしないの!」
「いや、だってコレ、由乃じゃもん」
「指差すなって!」
「だって、笑うと糸目になるとことか、八重歯とか、丸い輪郭も、ぷにっとした指も、大き過ぎず小さ過ぎずのやや小さめ寄りのちょうど良い胸の大きさも、可愛さも、何から何まで由乃じゃもん」
その言われ様だとあたしちょいと太ってたみたいに聞こえません? 決してそんな事ありませんでしたからね!
ってそんなことより、いやホントやめて下さいよお前さん。慣れてるあたしはともかくお柳さんに気持ち悪がられますよ。
「バカ爺い! 黙らっしゃい! こちらは――、ってお客さんお名前は?」
そう言やお柳さんたら仁太にはまだ名乗られてませんねぇ。
「柳の一字でお柳と申します。どうぞお見知り置きを」
「あ、これはご丁寧に。仏壇由乃屋の跡取りかつ下っ端の仁太です。どうぞよろしく」
「仏壇由乃屋の創始者にして当主、仁左衛門と申しやす――ってやっぱりどう見ても由乃――」
「婆ちゃんに会いた過ぎてボケてきたんじゃない?」
……少しの沈黙の後、仁太の言葉を認めるようにウチの人が静かに重く呟きました。
「………………由乃の姿形を最後に目にしてから二十年…………そう、かも、知れん。そろそろ儂もヤバいか……?」
なんにもヤバく有りませんよ。
あなた昔っからあたしの事になるとそんな感じだったじゃありませんか。もしそれがヤバいってんならば、それはもう出会った当時の最初っからです。
でも第一
「けどそうか、確かに婆ちゃんに似てる、かも?」
「やっぱり儂はそっくりだと思うんじゃが…………でも、ん、まぁ、しわくちゃ爺ぃの儂には似合わんな。若過ぎる」
仁太もウチの人も大人になりましたねぇ。
偉いですよ、特にお前さん。
「ところで由乃本人はどうした? 居るのか仁太?」
仁太がさっきの顛末を説明します。
案の定で、お化け友達ってのは男のお化けじゃ無いんだろうな
やっぱり相変わらずですねぇウチの人。
「それで? こちらの由乃似のお客さん――お柳さんはどうされたんじゃ?」
「弟子入りしたいんだって。俺に」
「…………は? 仁太に? なんで? 儂を差し置いて?」
それもう同じのさっきやりましたからね。割愛。
………………
「なるほどな。お化けの事の方で弟子で師匠、さらには住み込みで、か」
案外と理解の早いウチの人。
「お化けを触れる様に、な。ん、そういうことならまぁ良いだろう」
なんだかんだ言ってもあたしも彼を信用してますから、そうおかしな事は言わない筈ですよ。
お化けが見えないこの人も、ふた親に触れないって泣く幼い仁太をずっと見て来ましたからね。
「炊事や洗濯は?」
「ご、ごめんなさい、からきしです」
柳の木にそんな事ができる訳ありませんよねぇ。
「……なら何かできる事はありやすか?」
「できる事……、お、覚える事なら……なんだって覚えておくことならわたくし得意です!」
覚えておく事……?
あんまり聞かない特技ですねぇ?
「昔のことだってなんだって、自我が芽生えてこのかた見聞きしたことずっと覚えてますから!」
どうやらウチの人も同じように思ったみたいでした。
「ほぅ? 覚えておくこと……? だったらお柳ちゃんが一番最初に気になったことがなんだったか、覚えてるか?」
「一番最初ですか? そうですね、太閤さんが九州に攻め入った事でしょうか」
…………あっちゃー。
やっぱり人前に出す前にもう少しお話し詰めておくべきでしたね。
あたしはあんまり詳しくないけど、太閤さんってな権現さまの前だよね。たぶんそれ、三百年以上前じゃないかい?
「…………?」
男二人が顔を見合わせお互いに首を振っては頷き合いました。
分かっちゃいましたけど、そんなの聞いたってウチの男どもは何が何だか分かんないと思いますよ。
「じゃあさ、生まれて初めて
「初めて歩いた……ええ、とっても鮮明に。ぎこちなく動くわたくしの体に感動しましたもの」
それってついさっき、今日のことですからねぇ。
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