第4話「弟子入る」
「俺だってお化けには触れられないってのに……。お客さんもしや、妖魔退治かなにかなのかい?」
聞いた話じゃ町外れの
仁太のやつは小さな頃からお化けが見えるし声も聞こえる子だったけど、触れることだけは
畳の上で死んだあたしと違って、あたしの娘とその亭主、川で溺れ死んじまった仁太の両親はロクなお化けになれなくってさ。
ギリで悪霊にはならなかったけど、あの仁太でさえ、お盆にだけ帰ってくるその姿を目にするのがやっとの半端なお化け。
それでも年に数日だけ一緒に過ごせる両親に、触れて、頭を撫でられて、抱きしめられたかった幼い仁太は何度も挑戦したんですが……ついぞ叶わぬままです。
と、あたしが昔話から意識を戻すと、なぜだかお柳さんがポロポロと涙を溢していらしたんですよ。
胸に抱えた犬のお化けで顔を隠し、なんとか誤魔化そうとしてらっしゃるみたいですけど、あたしからは勿論隠れられません。
だってこの人の肩の上から見てますからねぇ。
『ちょいとお柳さん、どうなさったんですか』
『だって――だって仁太さまがお可哀想で……』
あ、そうか。この
「もう俺も子どもじゃないから別にいいんだけどさ、その、お化けに触れられるコツとか、そういうの俺に教えて貰えませんか?」
子供じゃないって言ったって、強がってるのが手に取るように分かっちゃいますよ、この婆ぁには。
「だっ――だったらわたくしにも! お互いに足りないものを教え合う師匠で弟子でどうでしょうか仁太さま!」
あ、ちょっと賢い――くはないですか、誰でもそこに思い当たる落とし所ですもんね。
「俺はお客さんにお化けの成仏の仕方を……?」
「わたくしは仁太さまにお化けに触れる方法を、どうでしょうか?」
良い考えかと思いましたけどね、仁太は顎に手をやり思案顔。
「俺も教えて貰えりゃ助かるんだけど、ぶっちゃけ俺どうやって成仏させてるか分かんないだよね」
「大丈夫! わたくしの方もです!」
にっこり微笑むお柳さん。吐いた言葉はともかく笑顔が素敵ですね、ってそりゃなんてったって若い頃のあたしの笑顔ですからねぇ。
十八でうちの人のとこへ嫁いだ頃も、あの人ったらあたしの笑顔にデレデレでね。
『由乃の笑顔がありゃおかずなんていらねぇよ!』
なんて言って白飯だけばくばく食べてましたっけねぇ。
まぁそれはあたしが三十になろうが三十五になろうがずっと言ってましたけど――って、あらやだ、あたしったらまた知らず知らずに
「まぁ、とりあえず上がってください。住み込みって事なら爺ちゃんと婆ちゃんにも相談してみない事には始まんないし」
へぇ、すみません、おたの申します、なんて言って仁太に続いて座敷に上がろうとしたお柳さんでしたけど、続く仁太の言葉に固まっちまいました。
「そういや婆ちゃんどこ行ったかな? 庭に出てからどうしたっけ?」
お柳さんがご自分の右肩――あたしに向けてがばりと視線をやりましたけど、んなことあたしは知りませんよ。
貴女があたしの体を無理矢理奪ったんでしょう。ご自分でどうにかされれば良いでしょう?
『……由乃ちゃん、ちょっとの間返すからね』
ちょ――ちょいと! そんな急に言われたってあたしだって困るじゃないのさ!
ってそんなの聞くお柳さんじゃありませんよねぇ。
仁太が振り向く寸前、不意にさっきまでのふよふよした頼りなさは無くなって、いつも通りの
『上手い事やって下さいましね』
あ、こら、ちょいとお柳さ――ん?
どうやらあたしの中に潜む事でこんなして入れ替わることもできるらしいですねぇ。
「ありゃ? 婆ちゃんどこ行ってたの? あれ? お客さんどこ行った?」
『お客さん? ちょいとあたしには分かりませんねぇ』
『ほら由乃ちゃん。怪しまれないように適当になんか言っといて下さいね』
どうしてあたしがそんな事しなきゃならないんだいと思いもするけど、なぜだか不思議とやってやるぜとやる気になってます。
『ところで仁太。あたしお化け友達が出来てねぇ。これからちょこちょこ留守にするけど心配いらないからね。ウチの人にも言っといておくれよ』
「そりゃ良いけど……そのお化け友達、男じゃないだろうね? 爺ちゃんうるさいよぉ?」
『なに言ってんだい。婆ぁですよあちらさんも。じゃ早速出てきますからね』
実際のとこお柳さんはあたし以上にもっとずっと歳上だからねぇ。
仁太に笑顔で手を振って、するりと壁を通り抜け外に出て、するとガラリと再び引き戸が開いてお柳さんが仁太に顔を見せました。
「ありゃお客さん? いつの間に外行ってたんで?」
「ちょっと外の空気が吸いたくなって」
あ、なんでやる気になったか分かっちまった。
なんだか無駄にばたばたしちゃって楽しくなってきてるみたいですよ、あたし。
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