第3話「見える」
お化けになって二十年と少しが経ちました。
長生きするもので――って違いますね、あたし死んでますもの。
長いことお化けしてると色々ありますねぇ。
まさかお化けの体を乗っ取られるとは思いませんでした。
あたしの体を無理矢理に借り上げたお
なんだってんだいこりゃ。
あたし今、お化けでもない、あたしの意識だけがふよふよ漂う変な状態になっちまいましたよ。
「由乃ちゃん、あんまり長いことわたくしから離れないで下さいね」
『離れてるとどうなるんです?』
「消えてなくなっちゃいます」
『成仏するってことかい?』
「いいえ。無くなるんです、由乃ちゃんが」
なんてな怖いこと言いながらこの
どうやら自分で動かせる初めての体に感動している様子です。
「よ、由乃ちゃん。見て下さい、わたくしの手も足も動くんですよ!」
『違います。それはあたしの手と足です』
「……由乃ちゃんの意地悪。これでもわたくしは木の精、幽霊よりも格上ですよ」
『分かっちゃいますけどね、あたしにとっちゃ
同然ってより、まさに追い剥ぎなんですよねぇ実際。
『それで一体どうするつもりなんですか? うちの孫と恋に落ちるったって出来っこありません。諦めてあたしの体返して下さいな』
あたしの言葉にニヤリと笑ったお柳さんが胸を張って言いました。
「ちゃんと考えてあるんだから」
慣れない体に少しぎこちなく歩くお柳さんは勝手口から庭を出て、店の入り口へと周りました。
怖いこと言われたもんだから、あたしはお柳さんの右肩にちょこんと乗っかってます。
ちゃんと考えてるったって、実体になったからったって、その体は仁太にとっちゃ実の
あたしが死んじまったのは二十年前。当時あたしは三十六。
それでもあたしは
五十六から三十六までなら好きな姿が選べはしますが、今年十八になったばっかの仁太のお相手としちゃ
ってちっとも聞いちゃいませんねぇ。
お柳さんは店の引き戸に片手を掛けて、そして反対の手を胸に当て、すぅ、はぁ、と深く呼吸を繰り返して勢いよく引き戸を――
ん? あ、あれ? お柳さんが動かすあたしの手、よく見りゃ若返っちゃいませんか――?
わ、若返ってますよコレ!
肩の上から見るほっぺだって、お水もぱちぱち弾きそうな若々しいお肌してるじゃありませんか!
「た――」
た?
「たのもー!」
ぱしーんと引き開け店の中へ向け叫びました。
それじゃ道場破りですよ。一体なにしようってんでしょうこのお方は。
「はーい、どちらさーん?」
作業場からのっそり顔を出した仁太の足下を犬猫鶏のお化けが駆け回ってて賑やかだねぇ。
「じ、じじじ仁太さま!」
「へい、仁太にございます。どう言ったご用でございましょう?」
ぽっ、と頬を染めたのはお柳さんだけじゃありません。仁太の頬もぽっと桃色に染まりました。
やだよ仁太ったら。
いくら可愛くったってそれ、あんたの婆ちゃんの若い頃なんだよ。もう! 仁太ったら!
「で、ででで弟子にして下さいませ! すすす住み込みでお願いします!」
おや、考えましたねお柳さん。
先ずは住み込み弟子として側に仕えて徐々に親密に――って仁太みたいな半人前から一体なにを教わろうってんでしょうねぇ。
「弟子? 俺の? ……え? なにの?」
そりゃそうですよねぇ。
仁太は仏壇作りもウチの人の指図通りに組み立てるのがやっと、絵図面だってさっきやってた通り、
「いや弟子になるなら爺ちゃんの方が良いと思いますよ。俺も爺ちゃんの弟子みたいなもんだし、ねぇ」
ほら。仁太本人だってそう言いますよそりゃ。
「ち――違うんです! その、えと、仏壇の方じゃなくて――」
「仏壇じゃないの? じゃなんだろ? 俺とくになんにも出来ないけど……?」
「お、お化けなんです! お化けを成仏させる事の、その、弟子入りさせて下さい!」
ははぁ、なるほど。
こりゃほんとに考えてたらしいですねぇ。
仏壇作りの弟子でなく、それがお化けの成仏についてだったら話は違ってきます。
他にももちろんいるでしょうけど、仁太のもそんじょそこらの能力じゃありませんからねぇ。
「お化け? ……もしかしてお客さん……
お柳さんはゆっくりと仁太の足下へ屈み込み、そして犬のお化けを
……って、え? 触れられるんですか?
「えぇ、ばっちり」
微笑むお柳さんに、犬のお化けはどうやら怯えてるみたいですけどねぇ。
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