第2話「乗っ取られる」
「おう仁太」
「なに爺ちゃん」
「急ぎの仕事もねえし儂ちょっと賢安寺いってくる。店番たのまぁ」
ウチの人はお出掛けらしいですね。
行き先はいつもの賢安寺。ウチは仏壇屋ですからお得意先です。さらにはウチの人の幼馴染がやってるお寺ですから
と言っても怪しげな密談しに行くわけじゃありませんよ。賢安寺の住職、賢仁さんと仁左衛門は
あれ? 仁太?
練習がてらに仏壇の絵図面を引く仁太がキョロキョロしてました。
『仁太? どうかしたのかい?』
「あ、いや、どうって事はないんだけどさ。最近なにかに見られてる気がするんだよ」
それどうせ動物のお化けじゃないのかい? なんて思いはするんだけど、実際お化けのあたしにも特に霊気は察せられないねぇ。
『なんもいなさそうだよ?』
「ばぁちゃんもそう思う? 俺もそう思うんだけど、庭んとこから見られてる気がびんびんするんだよ〜」
庭んとこ……? 庭ねぇ。
ウチの作業場裏の庭、大きな柳の木が一本あるきりの広くも狭くもない、ちょうどいい大きさの庭。
あの仁太が言うんだ、きっと何かあるんだろ。ちょいと不安ですからね、するりと壁を抜け庭へ出てきょろきょろ辺りを見回します。
うーん。特にお化けが鳴いてるって事はありませんねぇ。
――ん? いま誰か、あたしを呼ん……ひゃっ――
何か感じて柳の木へ視線を遣ると同時に引っ張り込まれちまいました。
なんだいここは。なんだか奥行きも感じられない変なとこ――
『由乃ちゃん』
あたしを呼ぶ声に辺りを見回しますが、周りにはどなたも居やしません。
『ねぇ由乃ちゃん。ちょっと貴女の体、貸して欲しいの』
『はんっ! どこのどなたか知りませんけどね、あたしゃお化けだよ? 貸してやっても良いけどあいにくと貸してやれるような手持ちの体がありゃしませんよ』
唯ひとり仁太だけが見ることができるあたしの姿。その仁太でさえ触ることも出来やしませんのに貸してやれる訳がないじゃございませんか。
『だからあたしに体なんてな――』
『貸しても良いって言った! ありがと由乃ちゃん!』
『ちょ、ちょいとお待ち――』
するりと、確かに何かがあたしの中に、今。
『ちょいと! あた――あたしの――か、ら、だ――』
「やっぱりぴったり! これならいける! ありがとうございます由乃ちゃん!」
なにがなんだか分からないうちに乗っ取られちまったよ、あたしの体。
でも、ま、乗っ取られはしましたが、どうやらあたしもあたしの体の中にいる様です。
なんだか分からないモノが
けれどそのなんだか分からないモノ、嫌な感じはしませんでしたから。ちゃんと落ち着いてお話を伺ってみましょうか。
『ところで貴方は――何者ですか?』
「わたくしは柳の木の精、お
やっぱりそうですか。あたしみたいなお化けじゃなくって
と言っても人から見たら妖かしや妖魔の類なんでしょうけど。
『そのお柳さんがどうしてあたしの体を?』
「聞いてくれます!? ここに根を張り長い年月が経ったんです。わたくしはもう何百年もここで暮らして人を見守ってきたんです!」
聞いた話じゃ樹齢三百年だとか四百年だとか。ウチの人から聞いた話なんで眉唾ものかと思ってましたけど。
『いえ、ですから、何故あたしの体を借りようと思ったのかと聞いてるんですよあたしは』
お柳さんは
「わたくしは……もう見守るだけはうんざりなの……。わたくしは……
『恋……ですか? では……まさかあたしの体で殿方を探すと言うのですか? お化けのあたしの体で?』
「これを見て、由乃ちゃん」
これ? なんです一体?
お柳さんが目の前に持ち上げたあたしの両手……?
『あ、これ?――まさか実体じゃありませんか!?』
「由乃ちゃんが体を貸してくれましたから。貴女の幽体とわたくしの蓄えた力が重なったお陰で顕現できたんです!」
あわわわわ。
どうしましょう、ほんとにあたしの体で恋なんてしちまう気だよこの人……
「それにもう相手は見つけてあるの」
……嫌な予感しかしませんが、聞かなきゃだめでしょうねぇ……
『ちなみにどこの殿方を――?』
「仁太さまです!」
……そりゃダメですよ。
だってそれあたしの孫なんですから!
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