由乃屋幽霊噺 〜賢いあの子は柳の木?〜
ハマハマ
第1話「好かれる」
「うるさいなぁバアちゃんは。木屑は片した後だから平気だって」
『そんなこと言ったってアンタ、商品が煙草臭くなっちまうじゃないのさ』
「そんなのずっと線香炊いてんだから一緒だって。平気平気〜」
この子ってば良い歳していっつも屁理屈ばっかりこねちゃってさ。ほんと誰に似たもんだろうねぇ。
ここは仏壇屋、その名も
なに? 牛丼屋?
ちょっと何言ってんだか分かんないねぇ。
都会じゃ牛鍋だとかってのが流行ってるらしいけど、生憎あたしは食べたことありませんよ。
由乃屋の由来はさ、あたしの名前が由乃ってんだ。だからこの店の先々代――つまりあたしの旦那だね――がここを作った時にあたしの名前から付けたんだよ。
そりゃもう恥ずかしいったらありゃしなかったけどね、それでもそう嫌な気はしなかったもんさ。
なんつっても愛されてたからねぇ、なんてババァが
ところがあたしも割りかし早くに
さらには娘夫婦もあたしのあと追うように逝っちまって、今は先々代とこの子、孫の
「くぉぉらぁ! 仁太ぁぁ! 作業場で煙草吸うんじゃねぇ! 何度言ったら分かるんじゃぁ!」
「一回言われりゃ分かるってば爺ちゃん。ちょっと手が離せなかったんだって」
もっと言ってやってよお前さん。
仁太のやつ、あたしが言っても聞きゃしないんだから。
でもま、仁太なりに理由があっての事なんだけどね。
「……? おい仁太。
仁太はそれに応えず作業場から体を伸ばして座敷の煙草盆を引き寄せて、
先々代こと
「ほれ爺ちゃん、可愛いだろ?」
「……いるのか?」
「なんだ。爺ちゃんまた見えねえのかよ?」
「くっ――。しょうがないだろ、見えんものは見えん。で今度はなんなんだ?」
「笑うなよ爺ちゃん。めちゃくちゃ人間に呪詛の言葉を投げまくってる子犬の浮遊霊だよ」
「じゅ――そ……おいこら仁太! それ平気なんかよ!?」
あははは、なんて笑う仁太がかぁるく言ってのけますよ。
「平気だってば。呪詛の言葉ったってちっとも力の乗ってないやつ。殺す殺す人間殺すってただぶちぶちわんわん愚痴言ってるだけだよ」
「……そうか。クソ怖えけど平気なんだな?」
「平気だよ。産まれたてなんじゃない? 知らんけど」
産まれたての悪霊なんて可愛いもんですからね。あたしくらい年季の入った浮遊霊ならいざ知らず、って言ってもあたしは悪霊じゃありませんよ。
善霊ってやつですよあたしは。
この仁左衛門と仁太に憑いてる守護霊みたいなもんですからねぇ。
「それで仁太。
「えっと、今はちょっと少なくて……これで四匹目」
キョロキョロ辺りを見回した仁太がそう言いました。
「内訳は?」
「ヤギ、ネコ、ニワトリに犬が増えたとこだな」
うちの人には見えないらしいけど、確かに仁太の後ろにヤギ、ネコ、ニワトリ、そんで足下にぐるぐる唸ってる犬の悪霊だ。
悪霊ったってどれも可愛いもんだよ。
それもね、この孫の仁太に憑いちまっちゃそうなる運命――
「お、爺ちゃん見ろよ。ヤギが
「ほう? どれどれ」
言ってるそばから
「お、来た来た」
それなりに明るい作業場がさらにぱあっと仄かに明るくなって……
「おぅおぅ、穏やかな顔してんじゃねえか。なんまんだぶなんまんだぶ」
ぼんやりと、その姿を薄っすら浮かび上がらせたヤギが一頭、めぇ、と小さくひと声鳴いて、さらに礼を言うかのように仁太の手をぺろりとひと舐めするとさぁっと姿を消しました。
こう
「じゃあな、元気に生まれ変われよ〜」
仁太もうちの人も手を合わせてヤギを見送りました。
「なんで儂にゃ成仏ん時しか見えねえんだろな?」
「そんなの知らねえよ。そんなこと言ったらなんで俺には年中見えてんだってなるじゃんか」
不意にこっち見た仁太が続けます。
「なんで? 婆ちゃん分かる?」
「お、なんだ。由乃も居たのか」
『知りませんよそんな事。私だってただのお化けなんですから』
「婆ちゃんが分かんなきゃ誰も分かんないな」
「儂も由乃と話したいのぉ。なんか儂のこと言うとらんか仁太?」
ほんと相変わらずうちの人は馬鹿だねぇ。
どうせ仁太にしか聞こえやしないけど、ちょいと恥ずかしいからね。こっそり仁太に耳打ちして――
「ぶっ。それ俺が言うの?」
文句言わずに言っておあげなさいな。
「ちぇー。爺ちゃん、婆ちゃんがさ、『お前さん今日も素敵だよ』だって、さ」
「おっほう! 由乃! 愛しとるぞ! あぁ、今日も由乃は素敵なんだろうのぉ! 仁太が羨ましい!」
勘弁してくれよ、ホント……なんて仁太が呟くけど、老い先短い唯一人の肉親のためだろ。
「そういや婆ちゃんが成仏したら一瞬だけ姿見えるんじゃない?」
「む――。その手があっ――いや、ならん。ならんぞ由乃! そのまま成仏せず死にぞこなっててくれ! せめて儂が死ぬるまで! 一緒に逝こう!」
なに馬鹿なこと言ってんですか。
けどあたしはまだまだ逝きませんよ。
あなた達二人じゃ何かと心配ですからねぇ。
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