毎日小説No.6 アンラッキーナンバー

五月雨前線

1話完結


 縁起のいい数字と悪い数字というのは確実に存在する。そして、縁起の良い

数字ばかりに囲まれて生きる人間は幸福になりやすい。逆もまた然りだ。私、

数田七子はその信念の下、今まで二十七年間の人生を歩んできた。

 元々私の両親は、占いの類を強く信じるタイプの人間だった。朝のニュース

番組の星座占いは毎日必ずチェックしていたし、多くの占い師の元へ赴いては

お告げやアドバイスをもらっていた。そんな両親の元に生まれた私も、当然の

如く占いの類を信じるようになった。

 世間的には『占い=怪しい、信じても意味がない』といった風潮があるが、

私から言わせればナンセンスだ。初詣に多くの人々が殺到するのを見れば分かる通り、日本人は非科学的な何かを心のどこかで信仰する傾向にある。初詣に言って神様に祈りを捧げるくせに占いは絶対駄目、というのは筋が通っていない。

それが私の意見だ。

 縁起のいい数字の話に戻るが、ご存知の通り数字の七は最強のラッキーナンバーだ。事実、毎年七月には良いことがたくさん起こっている。去年の七月は推しのアイドルグループが武道館デビューを果たしたし、一昨年の七月は会社から

臨時のボーナスが支給された。七のつく月には良いことが起こる、という師匠の教えは正しいのだ。

 逆に、四や九は『死』や『苦しい』という言葉が連想されることから縁起が

悪い数字だ。事実、毎年四月と九月には良くないことが沢山起こってきた。しかし、良くないことといっても、大半が些細なことで生活に支障をきたすレベルには達していなかった。だから、四月や九月になっても基本的には気にしすぎる必要はないのだ。そう、たった二日を除いては……。


***

「明日が何の日か、分かっていますね」

 都内某所の小さな建物、通称『占いの館』の中で、私は占いの師匠と向き合っていた。師匠の名前は虚言谷由利子。高名な占い師で、今まで数々の依頼者の

悩みと向き合い、解決に導いてきたらしい。三年前に師匠と出会ってから、私の人生は確実に上向きになった。師匠には感謝してもしきれない。今日も

一回三万円の入館料を払い、わざわざ師匠に会いにきたのである。

「……わ、分かっています。明日は、し、し、四月ここの……」

「そこまででいいですよ。全て言う必要はありません」

「すいません……」

 私は恐怖のあまり体を縮こませ、以前師匠から二万円で譲り受けた数珠を両手で握りしめた。

「代わりに私が言いましょう。明日は四月九日。不吉な四と九が手を組み、人々を不幸に陥れようとする悪魔の日付です」

「ひいいい……!!」

 四と九が同時に会する四月九日と九月四日は超危険。それが師匠の教えだった。逆に四月四日と九月九日は数字が二つあるため逆に不幸が相殺されるらしく、兎にも角にも四月九日と九月四日には特に注意が必要なのだ。

「明日が貴方にとっての正念場になるでしょう。去年の四月九日、何が起こったか覚えていますか?」

「……カラスの糞が頭上から落ちてきました。あと、駅のホームで転んで大恥をかきました」

 恥ずかしかったですぅ、と顔を覆う私を見て、師匠は柔らかな笑みを浮かべた。

「辛かったですね。しかし、私が授けたお札のお陰で、その程度で済んでいたのですよ。もしお札を渡していなかったら、貴方は死んでいたに違いありません」

「……師匠。今年も、特製のお札をいただけませんか?」

「勿論です」

 師匠はバッグから年季の入ったお札を取り出した。

「天照大神の力が宿った最上級のお札です。これがあれば、四と九の不吉な力から貴方を守ることが出来るでしょう。値段は五十万円です」

「分かりました! 本当にありがとうございます!」

 私は五十万円が入った封筒を手渡した。五十万円で不幸から逃れられるので

あれば安いものだ。

「本当に、本当にありがとうございました! これで明日を生き抜くことが出来ます!」

「そうですね。しかし、そのお札を身につけることに加えて注意することが一つあります。なるべく四と九という数字を遠ざけてください。そうすれば、貴方に幸福が訪れるでしょう」

***

 四月九日、早朝。緊張のあまり早起きしてしまった私は、無意識の内にスマホを起動して発狂した。時計が四時六分を指していたからだ。不吉な数字、四を遠ざけなければ。私は急いでスマホの電源を切り、ついでに壁にかかっていた時計を粉々に叩き壊した。四と九をとにかく遠ざければいいのだ。難しいことではない。

 高鳴る心臓を抑えながら朝食を作り、師匠からもらったお札を身につけ、諸々の準備を終えてから出社するべく家を出た。もうスマホを見ることは出来ない。四と九という数字がうっかり目に入ってしまうと、不幸なことが起きる気がしたからだ。

 車のナンバーから目を背け、電車の電光掲示板から視線を逸らし、どうにかこうにか勤めている会社へ出社した私。よし、特に締め切りが近い仕事も、大事な会議やプレゼンもない。四と九を回避しながら仕事をしているふりをして、何とか一日をやり過ごそう。

 机の上に置いてあったお気に入りの時計が一瞬目に入り、誰にも入らないようにこっそりと叩き潰した。とにかく四と九を遠ざけるのだ。こんなことなら会社をずる休みすればよかった、と今更ながら私は公開した。システムエンジニアの会社に勤めているせいか、社内でも数字を目にする機会が非常に多い。

「数田さん」

「ふぁいっ!!」

 目を瞑ってじっとしていたかったのだが、部長に声をかけられて無視するわけにはいかなかった。

「次のプロジェクトの資料なんだけど」

「ふぁい……」

 部長と面と向かいつつ、周囲の四と九を見ないように視線を泳がし続ける。

「食品会社と共同で行う4649プロジェクトで使用するフォームの整備をお願いしたいんだよね。このプログラムの調整をお願いしたい」

 震える手で受け取った資料には、『皆を笑顔に! 4649プロジェクト!』という見出しがでかでかと掲載されていた。四と九……!! 私の中で恐怖が爆発し、気付くと私は資料を放り出して部長の顔に蹴りを入れていた。

「ごふっ!?」

「いやあああああ!!!」

 四と九を見たくない、四と九を見たくない、不幸になりたくない、怖い、怖い、怖い……!! 四と九を遠ざけろ、と言う師匠の顔が頭から離れなくなり、私は絶叫しながら会社から脱出した。目をきゅっと瞑りながらあてもなく走り続ける。

「逃げなきゃ、逃げなきゃ……! 早く四と九から逃げ」

「何してんだアンタ! 赤信号だぞ!」

 誰かの叫び声が聞こえた瞬間。赤信号の横断歩道を全力でダッシュしていた私の目の前に、黒いライトバンのボンネットが迫っていた。

 ごっ。

 鈍い音とともに視界がぐるぐると回り、やがて衝撃とともに私はアスファルトの上に叩きつけられた。意識が途切れる直前、どこか聞き覚えのある声が響いた気がした。今の声って、まさか……? そこで、私の記憶は完全に途絶えた。

***

「あの詐欺師、ついに捕まったのか」

「はい。虚言谷由利子、本名嘘谷百合。高名な占い師をよそおって多くの人間を騙してきた悪人です。あの手この手を使って高額な道具を買わせて利益を得ていたとか」

「その嘘谷が車を運転してたら信号無視して突っ込んできた歩行者を轢いちまって、警察の事情聴取を受けた段階で指名手配中の詐欺師だってバレて捕まったってわけか。全く、何の因果か分からねえな」

「轢かれた女性は見た目に反してそこまで重傷ではなかったそうです」

「何? 車に正面衝突したんだろ?」

「そうなんですけど、命に関わるダメージには至らなかったそうです。奇跡としかいえない、と病院の方が驚いていました」

「そりゃラッキーだな」

「そして、今からその女性にお話を伺うというわけです」

「事故が起こったのは三日前だろ? 三日間で取り調べを受けられるレベルまで回復するなんて、とんだラッキーウーマンがいたもんだ」

 二人の刑事が取調室で待っていると、若い警察官に連れられて一人の女性が

現れた。中肉中背で長髪の女性は、俯きながら「……だ。……は嫌だ」と何かを呟いている。

「それでは、取り調べよろしくお願いします。後でこの四番取調室に別の担当者が参りますので」

「おう、お疲れさん」

 若い警察官は敬礼して部屋から出ていった。

「……よん、ばん……とりしらべしつ……よんばん……?」

「初めまして、警視庁捜査一課の田中と申し」

「四は嫌だぁぁぁぁ!!!」

「ごふうっ!?!?」

 女性が絶叫しながら放った右ストレートは刑事の顔を完全に捉えた。ラッキーなのかアンラッキーなのかはっきりしない女、数田七子に、暴行罪及び公務執行妨害という新しい罪状が加わった瞬間だった。


                               完



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