第2話





「いやー、びっくりしたでしょ⁈…ていうか、こっちのほうがびっくりしたよ!まさかおばあちゃんさ、元女優だったなんてねー‼知っててやったの?ほんと、久しぶりに笑ったよありがとね」


 

「…なんか若い子が来てうれしいなあ。なんというか…最近年寄りしか見ないからさ、こっちまでボケちゃいそう」


「ただ贅沢言うならね、」

 背中を誰かにつつかれた。

「もうちょっと健全な若者なら良かったのになー。贅沢言うなら、だよ」



「さーて、……ここどこか分かる?」


 桜の芳香が鼻をくすぐる。固く閉ざされた瞼を開くと、淡い桃色の光を纏いながら舞い散る桜の花びらが目に飛び込んできた。そして左右を見渡すと、自分の周りに無数の灯篭と美しく咲き誇る八重桜があるのが分かった。足元は芝生の上にほんのりと青い霧に包まれており、まるで雲海の上に浮かんでいるようだった。灯篭と桜の間を流れる小川は穏やかで清らかで、水面には白銀の蓮と夜空に浮かぶ星が水面で揺れていた。

 なんて美しいんだろう…。まるで____

 

「この世のものじゃないみたい……でしょ?」

 

 自分の心が声になって耳に届けられた。声が聞こえてきた背の方を振り返ると、和服を着た15、6歳くらいの子供がそこにいた。極めて中性的な雰囲気。瞳は朱に染まり蘭々と輝き、肌や髪、そして身にまとう装束は透き通るように美しい白であった。その子と目が合うと、にんまりといたずらに笑い、細い手を満足げに軽く振った。

 

 「やっほー。ここは、常世の国だよ。」

 

 

 理解が追いつかない私の反応が可笑しいのか、子供はさらに目を細めた。

 その時突然、何か動物のようなものが子供の背後から凄まじい勢いで突進してきた。それは私に真っすぐ突っ込んできた。

 身動きが取れないまま吹き飛ばされると、倒れたままその動物にのしかかられた。そこで初めて、私は自分の声が出ないことに気づいた。

 綿のように柔らかな地面を全身に感じながら顔を上げると、目の前にいたのは牙をむいた一匹の狐であった。純白の体は先端に近づくにつれて紅色のグラデーションになっていて、尾はその先端に炎を宿し、僅かに熱を感じた。


「お、来た来た。ごめんねー、今日非番だったのに」

 先ほどの子供が呼びかけると、私の体からそっと降り、そのまままっすぐ子供のほうへと歩みだした。

 

「仕方ない」

 狐から、地の底を揺り動かすような深い声が発せられた。上半身を起こして顔を上げると子供は横に座った狐のほうを指差して、私のほうを向いて言った。

 

「じゃ、紹介するよ。しばらくお世話になるだろうし」

 

 狐の尾が緩急をつけてゆらゆらと揺れている。狐の深く切れ長の目はずっと向こうの眩い星空と紫雲を透かしたようであった。その二つがじっと私を捉えて逃がさなかった。


 「こいつは血狐。死者の魂を然るべきところへ導く、狐の形をした、めっちゃ偉い神様」

 

 偉い、神様…。……じゃあこの子もそうなのだろうか…?

 

 「わは白月とかいう死んだ魂と話すだけの神様」


 ____夢を見ているんだ。喋れないのもきっと、夢だからだ。



「ふふふ、違うね。夢じゃないよ、全部。本当の出来事。」

 白月が私に顔を鼻がつくくらい近づけ、細い人差し指を唇に添えた。


「君は死んだんだ」

 

 強い風が花びらとともに吹いた。

 痛いほど冷たい気流は、これが現実に起きているということを畳み掛けるように告げた。

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深紅 なぬか @winter503

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