世界を変える愛

marica

本編

 聖剣に選ばれたのはヒトではなかった。

 その聖剣が主に選んだ存在はスライム。

 本来、魔王の配下であるはずの存在。

 ただ、彼女はとある人間を愛していた。

 そして、魔王の目的は人間の根絶。


 だから、そのスライム、ミリアは魔王を倒すことに決めた。

 愛する人間、アイクとの未来のために。

 そんな種族の壁を乗り越えた愛こそが、聖剣の求めるものだったのだ。


 ただ、スライムであるミリアに剣を振るうことはできない。

 だから、ミリアは聖剣を溶かし尽くして力を奪うことに決めた。

 聖剣は世界から失われ、魔王を倒すための唯一の希望は、ミリア1人となった。

 同時に、ミリアは人間に近い姿を得ることになる。

 ミリアは喜んだ。これでアイクと近い存在になったのだと。


「アイク。これから魔王を倒しに行くから、ここで待っていて」


「そんな事はできない。必ず君を支えてみせるから」


 アイクは戦う力などほとんど持たないが、せめてミリアを1人にしないと決めていた。

 ミリアは聖剣の力を得たことで、人からも魔族からも遠ざかることになったから。

 いつかミリアは孤独の寂しさに震えるだろう。だから、せめて人のぬくもりを知ってほしいと考えて。


「分かった。アイクのことは必ず守る。どんなことをしてでも」


「ミリア、無理はしないでね」


「当然。アイクとの未来を過ごしたいから」


 そして、ミリアとアイクは魔王を倒す旅へと出発した。

 2人で過ごす幸せな未来のため。ミリアは決して止まらないだろう。


 ミリアとアイクの2人旅が始まって、初めて出会った敵はゴブリンだった。

 緑の肌をした、子供のような大きさの魔物。ただ、武器を扱う力はある。

 アイクは覚えたての剣でゴブリンと打ち合った。

 何度もゴブリンの力を恐れながら、それでもミリアのために奮起して。

 ついにアイクはゴブリンを倒すことに成功した。

 ただ、ミリアはアイクの格好いい戦闘を一度見ただけで満足していて。


「アイク、おめでとう。でも、次からミリアが戦う」


「ミリアだけに戦わせられないよ」


「大丈夫。聖剣の力もあるし、何よりスライムの能力があるから」


「スライムの能力?」


「アイク、見せてあげる」


 ミリアは水のような体でゴブリンを取り込むと、ゴブリンを溶かし尽くした。

 そして、ミリアはさらなる力を手に入れる。

 聖剣を溶かしたときのように、ミリアは溶かした相手の力を得ることができるのだ。


「ゴブリン、溶けちゃったね」


「これでミリアは強くなった。もっとアイクを守れる」


「ありがとう、ミリア。でも、問題はない?」


「大丈夫。アイクがいる限り、ミリアは無敵」


 ミリアにとって、その言葉は紛れもない真実だった。

 アイクとの未来のためなら、どんなことだってしてみせる。

 かつての友でも、同族でも、すべてを葬り去ってでも。

 アイクと幸せな日々を過ごしてみせるのだ。

 ミリアは改めて決意を固めていた。


 そして、ミリアは多くのモンスターを溶かし尽くした。

 アイクはほんの少しだけ、そんなミリアに恐怖を抱く。

 いずれミリアは人間すらも溶かしてしまうのではないか。

 わずかに浮かんだ疑念を、アイクは必死に振り払っていた。


「ねえ、アイク。ミリアは強くなった。だから、魔王軍の幹部でも倒せるはず」


「なら、僕もついていくよ」


「ううん。アイクを守りきれるか分からない。安全な所に居て」


 ミリアのその言葉は本音ではあった。

 ただ、別の思惑もあることも事実で。

 ミリアにとって、アイクは世界のすべて。

 だから、そんなアイクにこれからの戦いを見せたくなかった。

 なぜなら、ミリアの戦いを見たアイクがミリアを恐れてしまうかもしれないから。


「分かった。ミリア、必ず無事に帰ってきてね」


「当たり前。アイクは安心していていい」


 そしてミリアは魔王軍幹部、ゴルゴダのもとへと向かう。

 ゴルゴダは幹部にふさわしい力を持つヴァンパイア。

 ミリアのこれまで溶かし尽くしたモンスターの力では、相性が悪い相手だ。


「ゴルゴダ。さっさと消えてもらう」


「たかがスライムが、聖剣の力を得た程度で俺に勝てると思ったのか? 返り討ちにしてくれる」


 そしてミリアはゴルゴダとの戦いに移る。

 ゴルゴダは、ミリアの力を図ろうと考え、様子見に入った。

 しかし、それは大きな間違い。

 ミリアは即座に聖剣の力を開放する。


 聖剣アルファコールの力は、愛の具現化。

 ミリアのアイクに向けた想い、アイクのすべてを自分だけで埋めてしまいたい。

 そんな思いが形になった、ドス黒い光がゴルゴダを焼き尽くした。

 ただ、ゴルゴダは即死したとはいえ、原型はとどめている。

 そんなゴルゴダを、ミリアは溶かし尽くしていった。


「うん。これなら魔王も倒せる。ミリアの願いも叶う」


 ゴルゴダを葬ったミリアは、アイクのもとで憩いの時間を過ごす。


「アイク。ミリアを抱きしめてくれる?」


「もちろんだよ。ミリアは頑張ってくれたからね」


 アイクはミリアの要望を受けて、そっとミリアを抱きしめていく。

 ミリアはアイクの体温、吐息、その他様々なものを味わっていた。

 ただ、アイクの力だけが物足りない。

 スライムであるミリアの体は、アイクがどれほどの力で抱きしめても壊れない。

 だから、ミリアはアイクに思いの限りを尽くしてほしかった。


「もっと、もっと強く抱きしめて」


「痛くならない?」


「大丈夫だから。全力でお願い」


 アイクはミリアの言葉通り、ミリアを全力で抱きしめていった。

 ミリアは全身から、アイクの力強さを感じていた。

 ミリアからすれば、指一本でも超えられるほどの力強さを。


 そして数多くの魔族を葬り去り、ミリアは魔王のもとへと向かう。

 アイクは近くの村でミリアの帰りを待っていた。


「まさか、聖剣がたかがスライムを選ぶとはな。だが、貴様はここで終わりだ」


「終わるのはお前。ミリアの愛には、絶対に勝てない」


 その言葉通り、魔王はあっけなく葬り去られていった。

 本来、聖剣を手に入れたとしても苦戦は必至である魔王。

 だとしても、ほとんどのモンスターの力を手に入れたミリアの敵ではなかった。

 そして、ミリアは魔王の遺体を取り込んでいく。


 聖剣の力と魔王の力。2つの伝説を手に入れたミリア。

 ミリアはアイクとともに、アイクの故郷へと帰っていった。


「アイク、これからずっと、一緒にいよう」


「もちろんだよ、ミリア。君のお陰で世界は平和になったんだから」


 アイクは知らない。誰も知らない。

 ただ1人の存在だけが枷になった、新たな脅威が世界に生まれていた。

 もし誰かがアイクを傷つけた時、その瞬間が終わりの始まりだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界を変える愛 marica @marica284

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ