02

盤の上で駒が暴れて倒れる。


「コラ、ガイオナ。駒は大切に扱って」


店先でガラクタに見える鉄製品を整理していた少女は、チェミナの駒を乱暴に扱う少年を優しく嗜める。


「だって、何回やったって、ねぇちゃんに勝てないんだもん。やんなっちゃうぜ、なぁ」


そう言ってガイオナが振り向くと、数人の子供たちが口々に頷く。それを横目に今起きた出来事が夢のようで、ラグは目前のチェミナ盤から目が離せかった。


自分を入れて六対一、誰の盤面も見ることなく全ての勝負に勝った、その少女をもう一度まじまじと見つめる。


どこにでも居そうな黒髪の少女が、短く切り揃った毛先を揺らして、棚上のガラクタを取ろうとつま先立ちで手を伸ばしている。背丈は自分の半分くらいだろうか。


「手伝うか?」

「いえ、そこで休憩していて下さい」


休憩もなにも、ここへ連れて来られてから、まだ何もしていない、そう言いかけて浮かした腰を元に戻す。これでは等価とやらを払い終えるのに、どれくらいかかるのか。


「ねぇちゃんもう一回。もう一回だけ勝負して、お願い」

「えぇ。まだやるの」


そのやり取りを眺めながら、無意識に擦る首筋には細い首輪がハメられている。見つめる先の細い腕でにも、首輪と同じ見慣れぬ文字が刻まれた腕輪が光る。




砂煙が立ち上り、あの金属音が部屋に入ってくる。自分を呼ぶ声に顔を上げると、壁のようにでかい自警団、団長のブブカスが立っていた。


「おかしな事を考えるなよ。首から上とサヨナラしたくなかったらな」


そう言われて初めて、首の違和感に気がつく。


「どんな事情があるにせよ、この街での盗みは許されない。等価交換、それがこの街のルールだ。犯した罪は支払って貰う」

「悪いな。見ての通り支払えるものはなにも持ってないぜ」

「残念だが、踏み倒そうったってそうはいかない。それにもう、その方がお前の罪を買ってくださっている」


薄暗い牢屋に一筋の光が差し込むと、先程裏路地でラグを罠にはめたあの少女、ソフィア・ログナスが立っていた。





轟音と共に城郭都市『ダバーブ』のシンボル、守護神ラーハの石柱上部が砕け飛ぶ。続いて聞こえるくる悲鳴たち。城壁が爆ぜ、石の塊が城壁沿いの商店を襲う。逃げ惑う人々。


ラグとソフィアがその光景を注視していると、ふたりの頭上で同じ轟音が鳴り響く。見上げた防壁から降り注いだ岩の残骸に、ソフィアとガイオナの姿が消えた。

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