碧い魔眼の算術使い

三夏ふみ

01

「分かるなら教えてくれ、どうしてこうなったんだ」

「えっとですね……どこから話します?」


片足をロープで吊られ男は腕をだらりと下げたまま黒く大きな瞳に問いかけると、路地に散らばった果実を拾う少女は笑顔で答えた。



石畳を駆けてくる金属音が角を曲がり、吊られた男にロットを向ける。


「動くな観念しろ」

「よく見てくれ」


街の自警団との間抜けなやり取りを見守る少女は、団長らしき人物が現れると近寄り話しかける。じっと見つめていた瞳が男からそれると、それを見計らったように男は大きく体を揺らし始める。


自警団が慌てて抑え込もうとしても揺れる男は止まらない。あっという間に上体を起こしロープに手を掛けると、焼け焦げた匂いが辺りを包む。


戒めから開放された男は、宙返りをすると石畳に見事に着地するはずだった。しかし、足裏に硬い違和感を感じ取った時にはすでにバランスを崩して、豪快に背中を石畳に打ち付けていた。


「こいつ!」


再び押さえ込まれそうになり男は抵抗すると、ロットごと衛兵を弾き飛ばそうと力を込めた。その時、目の前に火花が散り、衝撃が全身を駆け巡る。


頬にざらついた石畳の感触を感じながら目蓋が閉じていく。カシアミの実。その不格好な硬い実の向こうから見つめる黒く大きな瞳が一瞬、青く輝いたように見えた。





灼熱の砂漠に上がる砂柱、その間を縫うように三頭のキャムが疾走する。


「ひぃぃぃ」


先頭のキャムから悲鳴が聞こえる。ローブを深々と被る男が、腰に回した手に力を入れ下を向く。砂漠最速の二本足の脚力を持ってしても、追ってのサンドシップから逃れるのは容易では無いようだ。


雨のように降りそそぐ砲弾から身を隠す岩陰もない、見渡す限りの砂の海。懸命に手綱を操り蛇行しながら走るキャム達が、立て続けに上がる砂柱に、一頭また一頭と飲み込まれていく。気がつけば、先頭を走る1頭だけだ。


相変わらず悲鳴を上げ腰にしがみつくことしか出来ない同乗者を乗せ走る。しかし、ここで彼を失えば微かな希望が潰えてしまう。あの方の想いと共に。


目の前に上がる砂柱を間一髪でかわすが、降りかかる細砂さざれすなに視界を覆われ行く先を見失う。


盲目の中、祈る想いで手綱を引くと、地平の彼方が煌めいている。遙か遠く陽炎に揺れる街が見える。幻か、いやしかし迷っている暇はない。力いっぱい手綱を引くと、女神レミナスに祈りを込め、蜃気楼の街へと速度を上げた。





100ルドラは有るだろうか、大型のサンドシップが次々とオアシスの街『ルガガ』に入港してくる。悠々と風を受ける帆には、ランドルフ王国騎士団の旗印、宝剣を支えるふたりの女神が描かれている。


「これはこれは、ようこそ、砂漠の街ルガガへ。わたしくこの街をお預かりしております、マカサニと申します。どうかお見知り置きを」


小太りの男が、サンドシップから降りてきた一際目立つ甲冑に揉み手ですり寄る。甲冑の男は一瞥すると部下達を引き連れ通り過ぎていく。お辞儀したまま見送る小太りの男の、垂れたこうべに笑みはない。


何処からともなく現れる細身の男が、頭を下げたままのマカサニに耳打ちする。すると、傲慢で欲深いマカサニの口元がニヤリと歪んだ。

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