最終話 素の口が悪い子と善い子
巨人との激闘の後日。
話はエステルの魔道具店から始まる。
「はぁ、あれから二日経ったのか。すっかり時間の感覚がねえや」
そう言いながら、オリヴィアはティーカップを口に運ぶ。その所作は相変わらず流麗だ。
「私もです。王国軍と冒険者ギルド、それぞれの幹部を伴っての現場検証は骨が折れましたね」
「私は本当に折れてたがな!」
(上手いこと言ったつもりだな?)
エステルはジト目を向ける。
二人が
(あぁ、エステルさんの淹れてくれたお茶が美味しいです。淹れてくれたのがエステルさんだからですかね? なーんて)
ふいに無言になる二人。
口を開いたのはエステルの方からだった。
「良かったです。オリヴィアさんが生きていて」
「あん? どういう意味だ?」
「だって再封印した後のこと、覚えてますか?」
「……忘れたい過去ではある」
結果として、オリヴィアが金色の部品を破壊したのは正解だった。
金色の部品はダミーどころか、封印解除の回路を活性化させるトラップだったのだ。
もし銀の部品を壊していたら、巨人は封印から解き放たれていた。
エステルが再封印を確認した後、すぐに血まみれのオリヴィアのもとへ向かった。
その時のオリヴィアを思い出すエステル。
(あん時はマジで死んだかと思っちまったよ)
口からは吐血、腕や足は折れ、顔も腫れがひどい。遠目から見たら、惨殺死体と判断してしまいそうになる状態だった。
そこからのエステルは必死だった。
魔力が枯渇する寸前まで治癒魔法を掛け続け、不慣れな馬の操作をし、なんとか王都までたどり着く二人。
エステルはすぐに門番へ助けを求め、なんとか軍の救護チームのもとまでオリヴィアを送ることが出来たのだ。
ぐちゃぐちゃすぎて、救護チームが治療開始から終了までの間、終始ドン引いていたのは、ここだけの秘密である。
「エステル」
「はい?」
「改めて礼を言う。お前がいなかったら死んでいた」
「それは言わないでください。オリヴィアさんは約束を果たしてくれました。だったら後は、無事に生還するだけですよ」
「……ハッ。ちげぇねえ」
それにしても、とオリヴィアはニヤニヤした笑みをエステルへ向けた。
「残念だったな。貴重な素材が手に入らなくて。お前が来たのはそのためなんだろ?」
「残念? いいえ、そんなことはないですよ」
そう言いながら、エステルは素材入れに使っている箱の鍵を開けた。
そこに入っていた物をいくつか取り出し、テーブルの上に置く。
皮のように見える物体、鎖の破片、何やらブヨブヨとした物。実に様々だった。
オリヴィアには、これがなんなのか全く見当がつかなかった。
「あの巨人の素材なら、しっかり確保してきましたから」
「はぁ!? 抜け目ねぇなオイ!」
「当たり前ですよ。どんなピンチに陥ろうが、優先順位を間違えなければ、必ず上手く行くんです」
エステルはピースサインを作った。
そんな彼女の手腕に、オリヴィアは心底感服する。
(流石エステルさんですね! しっかりと目的を果たせるなんて、かっこいいです!)
かっこいい。
そう思ったところで、オリヴィアはついこんなことを口走ってしまった。
「そういや、意識が朦朧としていたからかわっかんねーけどよ。お前、あん時めちゃくちゃ口悪くなかった?」
(げっ。何でそこ聞こえてんだよ。鼓膜も破れておけばよかったのに)
エステルの背に冷や汗が流れた。
ここからどう誤魔化そう。思考をフル回転させるエステルは、ふと思い出したことがある。
「それを言うオリヴィアさんもですよ。何だか口調が上品だったような気がするのですが……」
「は、はぁ!? 馬鹿じゃねえの! それこそ幻聴だろ! 戦いで頭ぶっ壊れたんじゃねーの!?」
(ひ、ひぃ! 何でエステルさん、私の口調のことを!? もしかして意識が無くなりそうだったから、素の口調になっていたんですか!?)
互いが無言になった。
その静寂さはまるで、達人同士の果たし合いに似ていた。
どちらかが動けば、
どちらともなく、二人は笑う。
対応を散々考えた結果、笑ってごまかすという所で決着した。
(……そのうち、オリヴィアにはバレそうだな)
(……そのうち、エステルさんにはバレそうですね)
二人の思考は一致していた。
というのも、心の声と相手の口調が一致しており、最近ではちゃんと表向きの口調で貫けているのか心配になるほどだった。
距離を取るという選択肢もあった。
しかし、すでにその機会は失われている。
(ムカつくが、なんかこいつといるから気が楽なんだよな。だからまあ、もう少しだけ相手してやるか)
(エステルさんとは他人のような気がしれないんですよね。なので、これからもこの店に通い続けましょう。そしていつかお友達に……!)
エステルが壁時計を見た。
今日はこの後、二人でランバーマンティコアを討伐しに行く予定となっていた。
二人は同時に立ち上がり、準備を整える。
「さぁ、行きましょうか」
「おうさ」
その瞬間、エステルが躓いてしまった。整理の出来ていない備品に足を取られてしまったのだ。
オリヴィアは持ち前の反応速度を活かし、すぐにエステルを抱き寄せた。
「いてて。悪りぃなオリヴィア。躓いちまった」
「だ、大丈夫ですかエステルさん?」
「「……ん?」」
素で話せる二人の未来は、案外すぐなのかもしれない。
【心の中の口が悪い女魔道具店主と口が善い女剣士は仲良く言い争いな! 完】
心の中の口が悪い女魔道具店主と口が善い女剣士は仲良く言い争いな! 右助 @suketaro07
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