第12話 素

「ェェェェア!」


 本体の元へたどり着いたエステルの背後で、神速の攻防が繰り広げられていたッ!

 オリヴィアは紙一重で分体のパンチを避けつつ、剣を振り回す。

 一撃が重く、深い。人体ならば確実に殺傷出来る斬撃を何度も繰り返すオリヴィア。

 しかし、分体は死なず、逆に大きな口でオリヴィアの頭部を食いちぎろうとしていた。


「くたばっておけぇ!」


 オリヴィアはその顎へ、痛烈なアッパーカットを決める。

 これで顎が使えなくなれば、御の字。しかし、現実はそう上手くいかない。

 分体が伸ばしきったオリヴィアの腕を掴んだ。


「まずったなぁ」


 瞬間、オリヴィアは高速で振り回される。

 何度も地面にぶつけられ、揺さぶられた。並の人間ならばもう死んだ。

 それならばオリヴィアは――?



(ちっ。死ぬんじゃねーぞオリヴィア)



 エステルは一切後ろを振り向かない。

 気配すら感じ取ることを止めた。

 

 なにせ、あのオリヴィア銀髪クソチンピラは守ると言ったのだ。

 ならば、自分は自分のやるべきことをなすのみ。


 エステルはすでに再封印をするための作業を開始していた。


(基本は同じだ。魔力の乱れや魔力回路を修正し、正常に戻す。この魔力回路は彫り込み。つまり、純粋に私の腕と知識の勝負ってことだ)


 流石に魔物に対する封印は一筋縄ではいかない。

 正解とダミーが入り混じっている。トラップが飛んでくるかどうかも分からない。

 死ぬかもしれない。しかし、それはお互い様だ。


 エステルは全神経を再封印に集中させる。


(後ろではオリヴィアが死ぬかもしれねぇ。そして、私も死ぬかもしれねぇ。だから私はよりヒリヒリ出来る)


 一箇所目の封印再構築終了。二箇所目に移ろうとする。


「げっほごほ!」


 その拍子に、オリヴィアの様子が入り込んでしまった。


「こんなもんかよ巨人……! 私はまだ、くたばっちゃいねえぞ」


 血まみれのオリヴィアはまだまだ意識がはっきりしていることを神に感謝する。

 剣は握れる。視界も良好。エステルはちゃんと生きている。


 僥倖。


 オリヴィアはまだ、笑って戦うことが出来た。

 感情のない分体はひたすら眼の前の敵を撃滅せんと思考する。


「来いよくそのっぺらぼう。人間舐めるな」


 オリヴィアはひたすら前に進める。

 エステルを守るために、修羅となれるのだ。


(ちっ、随分かっこいーじゃねえの)


 オリヴィアの覚悟を聞いたエステルは作業の速度を上げる。

 幸いにも封印に必要な魔力回路のパターンは見切れた。あとは独自に構築した理屈で、再封印の作業を進めていくのみ。


 自然とエステルは焦りを感じていた。

 有限の体力を持つオリヴィアに対し、無限の体力を持つ分体。持久戦の結果は明白だ。


(は……! 私が焦ってるだと? 馬鹿じゃねえの。銀髪クソチンピラごときの生死が、気になっているだと?)


 極限の集中力で、エステルはついに最後の再封印作業を行うことになる。


「ぐ、がぁ!」


 今までよりも悲痛な叫び。

 ついエステルはオリヴィアの方を見てしまった。


「オリヴィアさん!」


 そこには、分体の前に倒れ伏すオリヴィアがいた。

 駆け寄ろうとするエステル。それに対し、オリヴィアが叫ぶ。


「ふざけんじゃねえぞぉ!!! 私との会話が吹っ飛んだのかよ馬鹿がよォ!」


 オリヴィアはゆらゆらと立ち上がる。剣を杖代わりにして、それでもなお立ち上がる。

 闘志は死んでいない。いや、今でも勝つつもりでいる。


「エステル! お前のやることは何だ!?」


「! この巨人の再封印です!」


「ならよぉ! 私へかける言葉は一つしかねえだろうがよぉ!」


 オリヴィアの背中が訴える。

 その言葉を言え、と。そうでなければ、今までのやり取り全てが瓦解すると。

 エステルは震える心を抑えつけ、それでもなお、叫ぶッ!



「最後まで、私を守ってください!」


「最後まで、お前を守る!」



 オリヴィアは再び分体へ突貫した。

 それを見届けたエステルはすぐに作業に取り掛かる。


「待っててくださいオリヴィアさん」


 これまで以上の集中力で、エステルはどんどん再封印を終えていく。

 だが、最後の難関が待ち受けていた。


「はぁ!?」


 思わずエステルは声をあげてしまった。

 全く同じ場所に、金色の部品と銀色の部品が埋め込まれていた。

 金色の部品は割と真新しく、銀色の部品が劣化している。

 同一の回路に、二つの部品が混在していた。普通そんなことはありえない。

 ならば、片方が封印のメイン回路であり、もう片方がダミー。


 どちらかを確実に破壊した上で、確実に修復する。


 最後の封印はそういうシンプルな二択になっていた。


(どうする!? しくじれば全部が終わる……! 一箇所でも漏れりゃ、封印なんざ意味を為さなくなる!)


 金を選ぶか、銀を選ぶか。

 判断に困る。ヒントなんて何もない。

 だが、いつまでも悩んでいたら、オリヴィアは死ぬ。確実にだ。


「ぐぅ……!」


 オリヴィアが苦戦しているようだ。

 そんなの当たり前だ。無限と有限の勝負なんて、分かりきっている。


 様々な要因が、エステルの脳裏を駆け巡る。


 エステルは思わず、叫んでいた。


「オリヴィアァ!」


「は、はい!」


「お前、私のことどう思ってる!?」


「どう思ってる!? どういうことですか!?」


 意図せずに、限界状態の二人は、の口調に変化していた。


「うるせぇ! 参考だ! さっさと言え!」


「エステルさんはこんな私にも優しくて、だけど叱るところは叱ってくれて、だからその……」


「はっきり言え!!」


「好きです! 大好きです!」


 もはや発狂、と表現することが正確だった。

 限界状態のオリヴィアは心からそう叫び、それを受け取ったエステルは愛用の短剣を逆手に持つ。




「これで死んだらテメェのこと、地獄まで追いかけて殺す!!」




 そう言いながら、エステルは金色の部品・・・・・へ短剣を振り下ろした――。


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