第11話 “絶対”

 直後、背後から大きな音がした。

 開いていた道に壁がせり上がる。

 閉じ込められた――そう確信した直後、オリヴィアは動いた。


「おらぁっ!」


 右拳一閃。

 壁は粉々になり、退路を確保することが出来た。


「危なかったな!」


「え、えぇ……そう、ですね」


 エステルは拳一発で大穴を開けたという事態に、ひたすらドン引きしていた。


(嘘だろ……。あぶねぇのはお前の拳だよ)


 改めてオリヴィアの馬鹿馬鹿しいほどの身体能力を確認した。


「あれが噂の巨人……?」


「に、しちゃあ何かしょぼい見た目だな。でもわざわざ鎖でがんじがらめにされてるってことは、何かがある」


 軽口こそ叩いているが、オリヴィアは最大限の警戒を忘れていない。

 脅威は見た目で語れない。可愛らしい外見を持つ物体が、いきなり人体の急所へ攻撃を仕掛けてくることだってある。

 実際、それで死んだ知人を何人も見た。


「封印されているからでしょうか、かすかに魔力を感じます。やはりあれが例の巨人で間違いないかと思います」


 白いのっぺらぼうの巨人。

 手足は人間と同じく二本ずつ。独特の紋様があちこちに浮かび上がっている。

 エステルの感性だが、魔力が足元から滲み出ているように見えた。


 静寂が訪れる。

 動き出すように見えない。

 封印が弱まっているというのはやはり噂でしかなかったのか。


「あん? おいエステル、あれなんだと思う?」


 楽天的な思考はすぐに捨てることになった。巨人から何かが落ちたのだ。

 オリヴィアが指さした方を見るエステル。彼女の眼の良さは、確かにソレを捉えた。


「あれは……水滴? にしては何か粘りがあるような」


「重い気配が強くなってきやがった」


 いつの間にか剣を抜いていたオリヴィアは、服の袖で額の汗を拭った。

 圧倒的な気配。今すぐにでも逃げなければヤバいということが何となく分かる。

 本当ならば、すぐにでもエステルを帰したかった。しかし、状況も不明確なままで、下手に帰すこともできない。


(ならば私は守ります。エステルさんを必ず無事に帰さなければ)


「オリヴィアさん、分かりますか?」


「何がだよ。ヤバいってことか?」


「それはまあ、そうなんですけど。あの水滴、だんだん落ちる速度が上がっているように見えませんか?」


 目を凝らすオリヴィア。エステルの指摘は正しかった。

 粘りのある水滴はどんどん量を増していく。それどころか、積み上がっていき、やがてそれは――。



「人型になった、だと?」



 真っ白いのっぺらぼうの人型が、形成された。


「サイズこそ私達と同じですが、あの巨人と似ていますね」


「近づくなエステル!!」



 次の瞬間、巨人に似た存在はエステルの目の前にいて、大きな口を開けていた。

 それとほぼ同時のタイミングで、オリヴィアは敵へ剣を突き立て、そして殴り飛ばす。


(あ、危なかった! いきなりエステルさんを狙ってくるだなんて……!)


 一級冒険者の反応速度がなければ、今頃エステルは食われていたかもしれない。

 オリヴィアの背に、冷や汗が流れた。


 巨人のような存在は何度も地面を跳ねては転がり、やがて壁に激突する。

 ダメージをもらった、という様子はなく、すぐにソレは起き上がる。


「本格的にやべぇ奴が来たな」


「近づかれて分かりました。あれは、あの巨人の分体のようなものではないでしょうか?」


「分体? 自分が動けねぇからって代わりに動いてもらってんのかよ。情けねぇ!」


「あれを見てください」


 分体からモヤのようなものが発生し、それは本体へ吸い込まれていった。

 すると、本体の紋様が僅かに輝きを見せた。


「あれが何をしているかは分かりませんが、どう見ても私達の状況が良くなるような行動には見えません」


「あの光が最大限になりゃ、封印解除ってオチだったりしてな」


「ふふ、オリヴィアさんってジョークがお上手ですね」


「だろ。渾身の出来だ」


「多分正解なんでしょうね」


「ジョークだって言ってくれや」


 一応の仮説は出揃った。

 あとは、ここからどうするか。逃げるか立ち向かうか。


「エステル。お前は外に出て、救援要請だ」


「お断りします」


「はぁ!?」


「相手がどれほどの戦力かも分からずに、戦力を分散させるなんて愚の愚ですよ。それでぐぅの音も出ないくらいボコボコにされるのは世の理です」


「どこの世の理だよそりゃ……。少なくとも、私の読んだ本にはそんなこと書いてなかったぞ」


「それなら幸運ですね。貴方の知らない未知なる本の存在が明らかになったのですから」


「……お前って結構喋るんだな」


「おかげさまで。オリヴィアさんのおかげですかね?」


「ハッ! 言ってな! んで、どうする? 今の案、結構ガチだぞ」


「あるじゃないですか。もう一つの手段が」


 そう言って、エステルが指さしたのは、本体の方だった。


「見立て通り、特殊な鎖で封印されているようです。文字が彫られ、そこに魔力が通っているのが確認できます」


「お前まさか……!」


 一度だけ頷き、エステルは懐から鉄串と短剣を取り出した。


「はい。そういうことです。封印し直します」


「馬鹿か! 素人が出来るわけねぇ!」


「素人? 誰を前にして言っているんですか?」


 エステルがオリヴィアの胸ぐらを掴み、顔を引き寄せる。


「私は魔道具店主です。魔力回路は私の親友なんです。出来るとか出来ないとかじゃありません。私はやります」


 オリヴィアはそう言い切るエステルの瞳に、覚悟の炎を視た。


(エステルさんは本気だ。ならば私も本気にならないで、何がオリヴィアですか……!)


 オリヴィアもエステルの胸ぐらを掴み返した。



「私はあの害虫を絶対お前に近づけない。だから、やれよ。私はその瞬間まで、お前を守り切る」


「私はあの巨人を絶対に再封印します。だから、守ってください。私はその瞬間まで、後ろを振り返りません」



 覚悟と覚悟が交わった。

 それを待っていたかのように、分体が再び襲いかかってくるッ!

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