第10話 エステルの特技

(さてと、そんじゃあまずは魔力回路の確認だ)


 エステルは壁に触り、意識を集中させる。

 魔道具にも言えることだが、魔力が絡んで動くタイプの物はすべからく魔力回路が存在する。


(金属、あるい塗料で構築された物か。……よし、こいつは金属か)


 明確な魔力の流れを感じたエステルは、壁内部の魔力回路が何で出来ているか予想をつける。魔力の伝導率の高い特殊金属。彫り込んで、塗料を流し込むタイプもあるが、こちらは魔力の流れが見えづらい。

 セキュリティ意識の高い所は専門の職人が魔力回路を彫り上げる。なぜならば、魔力が見えやすいということは、知識のある者が見れば、容易に突破されかねないからだ。


(このタイプなら、魔力を適切に流して、止めるところはしっかり止める。そうすりゃカウンターは動かない。私が殺し屋時代、何度も見た類のモンで助かった)


 エステルは懐から、小さな鉄串を二本取り出した。魔力伝導率の高い、特殊金属で造られた一品である。

 それを両手に持ち、魔力回路の上に鉄串を軽く突き立てた。


(良し、見立て通り。干渉があれば即、起動するタイプじゃねえ。ならあとは、こっちのもんだな)


 指を通し、鉄串を伝い、エステルの魔力が流れ出す。

 左手の魔力はカウンターが起動する回路へ向かい、右手は解錠の回路へ向かう。

 ここからは何度もやってきたことだ。


 左手の魔力で回路の一部をせき止める。そうすることで、カウンターの起動を防ぐことが出来る。

 右手は逆に回路を活性化させる。そうすることで、この状況が動く。


 特に何もやることがなかったオリヴィア。彼女は暗闇の中でただ、エステルの気配で何をやっているかを予想する。


(エステルさんは仕掛け、と言っていましたね。なら魔法的な仕掛けのはず。エステルさんはどうやって解除するんでしょう)


 興味はあった。だが、オリヴィアは彼女の言いつけどおり、目と耳を塞ぐ。

 それが彼女に対する信頼の表れだと、オリヴィアは心得ていた。


(とはいえ、気になるものは気になりますがね。……こっそり見たいです。どうせ私なら、多少の爆音や閃光くらいなら身体に不具合なんて起きないでしょうし)


 身体の頑丈さだけが取り柄のオリヴィアは、欲求と戦っていた。


「もう少し……」


 そんな彼女の奮闘なぞ何も知らないエステルは仕上げに取り掛かっていた。


(カウンターが起動する魔力回路は封鎖完了。あとは解錠の回路に流れる魔力の波長を一定にするだけだ。リズムは……なるほど、これくらいか)


 直後、壁の内部から大きな音が鳴った。

 どんどん壁が開いていく。解除を確認したエステルはオリヴィアの肩を叩いた。


「うおお! すっげ! すっげぇ! エステル、お前すげぇな!」


「ふふ、そう大したものではありませんよ。たまたま似たような魔道具を取り扱っていただけなので」


 壁の奥にはやはり道があった。

 今度は地下への階段。


「これは……」


 オリヴィアは立ち止まり、階段を凝視する。

 彼女は一級冒険者だ。そんな一級冒険者特有の危機察知能力が警鐘を鳴らしていた。


「どうしたんですかオリヴィアさん?」


「分かんねえのか? 奥からとんでもなく重い気配が飛んできやがる」


「気配、ですか?」


 エステルも感覚を研ぎ澄ませてみた。

 しかし、何も感じない。殺気なら星の数ほど浴びてきたから、その線はない。もっと違う種類。


(ほーん腐っても一級冒険者ってことか)


「まぁでもよく分かんねぇから行くぞ!」


(ほーん訂正。腐りきってたわ)


 ここからはオリヴィアが先頭になって階段を降りることになった。

 狭い道なので、一応奇襲を受けても対応できるような布陣である。

 エステルは経験上、背後から襲われてもすぐに察知できるので、自然と理想的な陣形となっていた。


 歩を進めるたびに、両壁に埋め込まれている魔力石が光り、道標となる。


「すごいですね。まだ照明用の魔道具が生きているなんて」


「そんなすげーのか?」


「そうですね。質の良い素材を使ってると思います。そうじゃなければ、こんなにレスポンス良く魔道具は起動しません」


「へぇ、お前が言うならそうなんだろうな」


「でもそうなると……」


 そこでエステルは口を閉ざした。


(魔力回路は魔力が通らなきゃ、いつの日か劣化する。ってことは何かしらの理由で魔力が通っていることになるんだよな。人がいなくなっても・・・・・・・・・、だ)


「何で急に黙るんだよエステル」


「……」


 エステルは考えることに集中していた。

 それに気づいたオリヴィアは立ち止まり、エステルの方を向いた。


「お、おい。黙るな、私と話せよ」


「あっ、すいません。ちょっと考え事に夢中になってしまいました」


「だっだったら良いがよ! いきなり黙られたら、こっちだって困るんだからな! ちゃんと私と会話しやがれ」


 オリヴィアは内心、泣きそうになっていた。


(ひぃーん! 良かったです! てっきり嫌われちゃったのかと思いましたよ……! 安心しました……)


 いつの間にか、階段も最後になっていた。

 前方には広場があった。照明用の魔道具が起動しており、広場が明るい。


 だからこそ見えた。


「あれは……」



 鎖でがんじがらめにされている巨大な人のような何かが。

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