第9話 マスターキーは彼女の拳

「ここがカーラーループ廃神殿か」


 オリヴィアとエステルは目的地へとたどり着いた。

 移動手段はまた馬。オリヴィアの荒っぽい運転が、エステルを苦しめた。


「お、オリヴィアさんの馬ってその、荒くないですか?」


「はぁ? 何言ってんだよこんなもん。大したことじゃねえよ」


「そ、そうですか。失礼しました」


(いつかお前の頭を限界まで揺さぶってやる)


 エステルは心のなかで、オリヴィアのことをひとしきり罵倒し、気を落ち着けた。

 ここから先は未知の領域。何が起きても不思議ではない。


「うっし、行くぞ」


「え、ちょっとオリヴィアさん。警戒とかは良いんですか?」


「んなもんいらねぇよ。拳があるんだから」


「分かりました。ただ、そこの柱の影に罠が隠れていますよ」


 空気を漂う魔力の流れに淀みがあった。

 そこを辿ると、柱の陰にカモフラージュされた魔法仕掛けの罠が仕掛けられていることが分かる。


「罠だぁ? んなもん……あったわ」


「だから言ったじゃないですか。どれどれ。あぁ、これは指向性の爆発魔法が発動する罠みたいですね」


「すげぇな。何で分かるんだ?」


「そりゃあ魔道具店主ですからね。多少の心得があれば、どういう仕組みかは何となくわかりますよ」


「ふーん。んで、壊せるのか?」


「え、壊すつもりなんですか?」


 オリヴィアは首を傾げた。


「は? 壊さねぇの? 帰りにあるの忘れて起動したらどうすんだよ。覚えてる内にぶっ壊しとこうぜ」


「まぁ、それはそうなのですが」


「よし、決まり」


 そう言いながら、オリヴィアは罠目掛けて拳を振るった。

 罠に拳がめり込む。罠に流れていた魔力が完全にストップした。

 罠の破壊を確認したエステルはドン引いた。


(一撃で魔力回路すべてぶち抜きやがった……。身体に何詰まってんだよ。対魔力鉄鋼か?)


 オリヴィアは己の拳の具合を確かめる。

 稼働は問題なし、表皮に傷はなし。つまり、無傷。


「オッケー。先進むぞ」


 二人は廃神殿の中に入り、慎重に進軍している。

 その道中で、エステルはついオリヴィアへ賛辞を送ってしまった。


「オリヴィアさんって本当すごいですね」


「はっはっはっ! ったりめーだ! 伊達に一級冒険者じゃねーんだよ!」


 話し合いの末、神殿内からはエステルが先行することになった。

 殺し屋時代の経験から、罠を仕掛けているであろう場所は予想出来る。

 後はそれに、魔力の流れを読み取って、答え合わせをしていけば良いのだ。


「あ、オリヴィアさん。そこの通路の真ん中に罠があります。多分、火炎魔法が発動しますよ」


「よしきた」


 そう言いながら、オリヴィアは通路のど真ん中を歩く。

 カチリ、と何かスイッチが入る音がした。

 次の瞬間、オリヴィアの鉄拳が床にめり込んでいた。通路に亀裂が走る。そして、罠の魔力回路がぐちゃぐちゃになり、結果として、火炎魔法は不発に終わった。


(ひゃあ……エステルさんって本当すごいですね。どうしてこう、的確に罠の位置が分かるんでしょうか)


 オリヴィアはエステルへ尊敬の念を送っていた。

 一級冒険者の自分が全く察知出来ない巧妙な罠。もしも一人できていたら、自分は全ての罠に引っかかっていたかもしれない。


(エステルさん、本当にありがとうございます。私、エステルさんがいないと駄目かもしれませんね)


 何となくオリヴィアは夢想した。エステルとコンビを組んで、様々な魔物を倒し、未知なるダンジョンを制覇することを。


(銀髪クソチンピラ……こいつ、本当にやべーな。未だに剣使わず、拳だけで用事済ませてやがる。これもう、蛮族の伝統芸能披露会だろ)


 見たところ、身体能力を強化する魔法を使っていない。

 つまり、純粋に自分だけの力で、今まで罠を破壊してきたのだ。


(しかももっとやべーのは、罠が発動するよりも前に拳を叩き込んでいるところだよな。どうなってんだよ。発動しろよ、罠)


 拳があまりにも速すぎて、起動前に罠を破壊出来ているとはこれいかに。

 エステルからすれば、楽なのは楽だった。何せ、ただ指示するだけで眼の前の茨を切り払ってくれるのだから。

 あまりにも便利過ぎる。


「あれ? 行き止まり?」


「みたいだな。ん? どっか分かれ道でもあったか?」


「いいえ、そんなことはないはずですが」


 神殿内を丁寧に散策した上で、ここまでやってきた。

 行き止まり、にしては不自然過ぎる。

 そうなると、何かが隠されていると考えるのが普通だろう。


「ちょっとオリヴィアさんは休んでいてください」


 壁や床をペタペタと触りながら、エステルは色々な予想を立てていた。


(何かの条件で起動するタイプの隠し通路と見た。けど、どうすっすかな。魔力を鍵とし、丁寧に解除していかなきゃならねぇタイプのやつだな)


 ちらりとエステルは、オリヴィアへ視線を送った。


(けど、イケる。魔道具の知識と殺し屋時代の経験をもってすりゃ、突破は造作もねぇ)


「オリヴィアさん」


「どうした? 腹でも痛くなったか?」


「いいえ。ただ、これから仕掛けを解除するので、目と耳を塞ぐことをおすすめします」


「はぁ、何でだよ?」


「……これは解除に失敗したら、閃光と爆音が発生するタイプのカウンターが仕込まれています。メインの戦力であるオリヴィアさんが、視力と聴覚を封じられてしまっては終わりなんです」


「ちっ。聞いてやる。さっさと解けよー」


 そう言って、オリヴィアは彼女の指示に従った。


(えー!? 優しいです! エステルさん、私のことでそんなに真剣になってくれるだなんて……!)


 内心、オリヴィアはにっこにこであった。

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