第8話 お前の瞳

 オリヴィアとエステルは顔を見合わせ、頷きあった。

 聞き耳を立てるのはあまり褒められた話ではない。

 しかし、内容が内容なだけに、どうしても興味をひかれてしまう。


 二人は中身のない会話を繰り返しつつ、会話に全神経を集中させる。

 無言の連携。特殊個体ネームバディ戦を乗り越えた二人に、出来ないことはない。


(楽しい! 何だかエステルさんとその、長年の相棒感があって良いですね)


 オリヴィアは内心、ぺかーっとした笑顔を浮かべる。

 対するエステルは金のことしか頭になかった。


(儲け話儲け話儲け話……)


 やがてお嬢様たちが店を後にした。

 二人は偽装のためにフル稼働させていた喉を潤すため、ティーカップに口をつける。

 先に切り出したのはエステルの方からだ。


「あの、オリヴィアさん。今の話ですが」


「とりあえず一旦整理しようぜ」


「えぇ、そうですね。まずは最初に出てきたカーラーループ廃神殿のことから――」


 エステルは懐からメモを取り出し、今聞いた情報をまとめ始める。


 カーラーループ廃神殿とは、立入禁止エリアの一つだ。

 元々、世界統一を目的に活動していた宗教団体が建設された神殿とされている。

 広大な敷地、何重にも張り巡らされた罠、そして今回の話のメインだった巨人ジャイアント


「そもそも、巨人ジャイアントって、何だったかな?」


巨人ジャイアントはその当時、宗教団体が魔物を手当たり次第に集め、繋ぎ合わせて作られた魔物の集合体のことですね」

 

「よく知ってんなエステル。詳細な話は王国軍でも知っている奴は少ないってのに」


「! あ、あはは。噂話を耳にしただけなので、どこまで本当かは分かりませんがね」


(前から思っていましたが、エステルさんって、ただの魔道具店主さんなのでしょうか? 色々と詳しいですね)


 オリヴィアはエステルの知識量に違和感を抱いた。

 追求しようとは思っていないが、ただ気になってしまう。


 対するエステルは、そんな彼女にギクリとしてしまっていた。


(っぶねー。こいつクソチンピラのくせに、妙に勘が良いというかなんというか)


「なあエステル。そんで話の続きだが」


「ええと、巨人ジャイアントの封印が弱まっているかもしれないという話ですね」


 噂は水に例えられる。

 どれだけ強固に口を閉ざしても、少しでも穴があれば、そこから漏れていく。

 今回の話もきっと、極秘の話なのだろう。


 だからこそ、調べるに値する。


 エステルは例えばの展開を想像する。

 もし巨人ジャイアントが復活したのなら、奴から取れる素材の価値は計り知れない。

 それでなくても、カーラーループ廃神殿は立入禁止エリア。かつての宗教団体が貯め込んでいるお宝に出会えるかもしれない。


「あぁ、そうだ。こりゃもう、私達が行くしかないだろ」


 オリヴィアの思惑は一つ。


(もしそのような危険な存在なら、再封印をしなくてはなりません。最悪、倒すことも考えなくては……)


 最終的な思惑は違えど、二人の方向性は同じ方向だった。


「そうですね。どのような状況であろうと、現状確認は大事ですからね」


「よっし。そんじゃ行くか!」


「行くか、ってどこに?」


「カーラーループ廃神殿だよ! 思い立ったが吉日、すぐに行かなきゃ駄目だろうが!」


(お前のその無駄に高いテンションを見せられている時点で、すぐに厄日なんだけどなぁ)


 ストレートに口に出せば、色々と解決する。しかし、エステルは様々な感情を飲み込んだ。

 エステルは説得を試みることにした。


「えと、特殊個体ネームバディと戦った後ですよ? 疲れてませんか?」


「疲れって何だ?」


(私の今の感情だよ)


 二回目を試みる。


「カーラーループ廃神殿は立入禁止エリアです。色々と準備が必要では?」


「んなもん、私の拳でぶち壊してやる」


(私は今、そのおめでたい頭を拳でぶち壊してやりてぇよ)


 ダメ元で三回目の説得を試みる。


巨人ジャイアントを再封印するにしても、倒すにしても、私たち二人じゃ不安です」


「私とエステルがいりゃ、十分だろ。何ビビってんだ? つか、特殊個体ネームバディ倒しといて何言ってんだ?」


(あぁぁぁ説得が全部無駄になったぁ! あそこでオリヴィアをくたばらせておくのが正解だったのか……!)


 信ずる心、というのは時に呪いとなる。

 オリヴィアを説得する言葉は、この世にない。


 エステルは自然とジト目になって、オリヴィアを見ていた。


「最後の確認です」


「あん? なげーな。早く言えよ」


「何でオリヴィアさんは私のことをそんなに信頼してくれるのですか?」


「ちっ。そんなことかよ」


 すると、オリヴィアが手を伸ばし、エステルのこめかみ辺りを軽く触った。


「お前の眼だ。その赤い瞳から感じられる強くて真っ直ぐな意志に、私は信頼を寄せた」


「! そ、そうですか。ありがとう、ございます」


 エステルは妙に身体が熱くなるのを感じた。


(は? 何で少しときめいたんだ? 心臓の調子が悪いのか?)


 相手が異性であれ、同性であれ、褒められるのは嬉しい。

 エステルはティーカップに残っていたお茶をグイと飲み干した。


「行きましょうオリヴィアさん。カーラーループ廃神殿へ」


「いーねぇ。決断が速いのは好きだ」


 エステルとオリヴィアの次の目的地が決まった。

 カーラーループ廃神殿。そこにあるのは聖か魔か。

 二人の冒険がまた始まる。

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