やりたいこと

死ぬまでにやりたいこと

一 飲酒


「君まだ学生でしょ?飲酒なんてしてはだめだよ」

僕が学生に注意すると学生はわざとらしくため息をつきこちらを見つめた。

「今から死ぬのに関係ある?」

わざとらしくいう姿は癪に障る。だがそれで学生を死へ招けるのなら別に構わない。学生は着いて来いといわんばかりにこちらを見つめ歩いていく。仕方なく後ろを着いていくが学生は何も喋らない。足音すら殺すように歩く。その静けさの中にヒナバッタの鳴き声がよく聞こえる。

「君は飛ばないの?」

やっと喋りだしたと思えば意外と幼稚な質問をしてきた。

「君が歩いているから僕も歩くんだよ」

「へぇ」

自分から聞いたのにも関わらず興味を示さない奴だな。しかし彼是20分は歩いている。地方とはいえそろそろスーパーの一つや二つあってもいいと思うが見当たらない。

「ねえ、どこに行くの?酒を買いに行くんじゃないの?」

学生がやっと此方を向いた。

何故だ。炎天下の中二十分以上歩いてたというのに汗を掻いていない。

人間なのだろうか。

「お酒?俺未成年だから買えないよ?」

「は?」

じゃあ何のために歩いたんだよ。爆発しそうになる怒りに蓋をし深呼吸をした。深呼吸をし少年に問いかける。

「じゃあ、お酒は飲まなくていいってこと?」

「そんな訳、これは必須だよ?」

嘲笑いながら言う学生の姿はなんとも腹立たしい

「..じゃあどうするの」

「そうだねぇ、じゃあ天使君が買ってきてよ」

こいつはバカなのか?まるで世紀の大発見をしたかのような言い方をするが名案ですらない。僕の姿がほかのやつに見えていないと知らないとは思わない。先程から人とすれ違ったが誰も僕の方は見向きもしない。こんな格好をしているのなら誰か一人は見るはずだ。

「どうやって買うの?」

知らないわけではないがこの学生がどう考えてるかが知りたかった。

基本的に人間に興味は持たない。というのは人間の思考を読むのは息を吸うよりも簡単だったからだ。相手がどうしてほしいのか、なにをしたら喜ぶのか、相手の目線、呼吸、鼓動、それら全てに情報が詰まっている。

だがこの学生は理解不能だ。

ブレない目線。

荒れない呼吸。

一定の速度を保つ鼓動。

まるで全て学生が操作しているような。

それはこれほどまでにない不気味さが入り混じっている。

学生がゆっくりと口を開ける。

「天使君は他の人には見えないから盗んじゃいなよ。でもそしたら酒だけ浮くのかな。」

やはりわからない。

まるでその言葉は台本をただ読んでいるだけのように感じる。学生は脳裏で別のことを考えているはずなのにそれをは決して表へ出さない。いや、違う、僕の仕事は学生の心情を読み取るのではない。学生を死へ招くことだ。取り敢えずお酒を取ってこよう。


僕から見たらただ僕がお酒を持って歩いているだけだ。もしお酒だけ浮いてるとなったら騒ぎになて面倒になる為レジの死角になるところを探し通っていく。ふと学生の方を見ると、腕でバツのジェスチャーをしている。ガラスが間にある為何を言っているかは聞こえないが口の動きや先程の言葉で見当はつく。

「レジの方!」

きっと、いや絶対少年はそう言っている。仕方なく僕はレジの前を通った。

「うわ!」

レジの奴が大声を出し流石にお酒は見えるよなと思った瞬間

「このあと雨降るのかよ、」

レジの奴が一言。なんだよ、見えてないのか。安心したような残念なような気持ちのまま学生にお酒を渡す。

「いやはやお疲れ様。まさか酒ごと消えるとは不思議だねぇ。しかし一本しかないけど天使君は飲まないの?」

「僕に飲食は必要ない」

少し不服そうな学生はまた歩き出した

「飲まないの?」

僕がそう聞くと少し不機嫌そうな顔をした学生が言う

「人目があるからここではのむわけないじゃん」

初めて学生自身からの言葉が出た気がした。今までの台本を投げ捨てたように学生は自分の意志で話してくれた。何故かそれが嬉しかった。優越感というのだろうか、この気持ちの高ぶりはどこか知っているような気がした。


また沈黙の時間が始まるのかと思ったが学生は僕に色々質問をしてくる。

「天使君は酒飲んだことある?」

「覚えてない」

「覚えてない?記憶がないってこと?」

「まあ、そんなかんじかな」

記憶がないというのではなく記憶が徐々に無くなっていくという方が正しいだろうか。二週間近くのものは覚えていられるがそれ以降になるとパズルピースが一つ一つ無くなっていくかのように思い出せなくなる。僕が唯一覚えていることは、この仕事のことだ。

僕が何をするのかだけは嫌でも頭から離れない。

ぽつ

頬に水が落ちる。

そういえば雨が降るとか言ってたな。と思い出し雨はそのうち土砂降りに変わっていった。屋根があるバス停まで走って行った。

「あちゃー明日風邪ひきそうだなあ」

棒読み感がすごい学生の言葉を無視し僕は服や羽根についた水滴をはらう。

プシュッ

学生は無言で酒を開け飲んでいる。何か一言くらい言えよとは思ったものの口に出す程ではなかった為ただ僕は学生を見つめる。勢いよく飲んでいるがおいしいのだろうか。

「うん、不味い」

あんなに勢いよく飲んでいたのに不味かったのか。

「こんな苦いのになんで大人は飲むんだろうね、のど越しがいいからかな」

学生が真顔で言う。雨にしては重い音がしばらく続く。次は何をするんだろうか、あと何回やったら死ぬのかを考えていると学生がまた僕に問いかける。

「君なんていう名前なの?」

「....名前なんてないよ」

ないことはない気がする。喉まで答えが出ている気がするのにやはり思い出せない。どこか苛立たしさがあり下唇を噛んでしまう。

「そうだねえ、俺が名前つけていい?」

学生が輝かせた目でこちらを見ている。こんな顔するんだなと驚きながら僕は答える。

「いいけど、どうせ忘れてしまうよ」

少し素っ気なく言ってしまい数秒間沈黙が続き謝ろうか悩んでたら、学生が僕に言う。

「どうして悲しそうな顔をしているんだ?」

悲しい?誰が?僕が?そんな筈はない。たかが名前を思いだせなくなるだけで悲しいなんて僕らしくない。どうせ学生が嘘をついているだけだと自分自身に思い込ませる。

「んー君の名前はねぇ....名前を考えるのって難しいね」

学生が苦笑いをしながら此方を向く。

僕は諦めたような声で学生に言う

「別に名前なんて――」


「死の天使」


「うん無難で君にぴったりだ!これからよろしくね、死の天使」

「死の天使..」

確かに僕にぴったりだ。学生は我ながらなどとぶつぶつ言っている。僕はそんな学生の姿を見て喜びを頬に浮かべる。

「き、君の名前はなんていうの..?」

僕は恥じらいながら少年に聞く。少年は目を丸くしていた。そんなに僕が名を聞くことが意外だったのだろうか。

「芥律」

学生がこぼれるよな笑みで言う。

そんな横で僕は口角をあげないよう学生に問う。

「律、次は何をする?」

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死の天使 菜乃瀬 @Nano_001

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