Side. 2
彼女を見ていると、不思議と任務の前でも安らぐ自分がいた。
彼女の行動には、意味がない。理由もない。朝起きて、俺の作ったごはんを美味しそうに食べ、そして何かよく分からないものをデザインして、納品する。納品が終わると、くっついてきて、少し遊んだあと、眠る。その繰り返し。
そんな意味も脈絡もない彼女を、そして彼女の行動を、見るのが。好きだった。好きというより、普通に趣味かもしれない。彼女の行動を、眺める。水族館のラッコを眺めるみたいな気持ち。
彼女が眠ったら、任務に出かける。死すれすれの、全てが終わってしまうような、そういう場所。それが自分の任務であり、自分の全てだった。彼女がいても、それは変わらない。こういうのも、趣味の一環、というのだろうか。自分が死んだら、街は無くなる。そういう、ぎりぎりの場所に、いつも自分は存在している。
任務柄、普通に命を狙われたりもする。彼女の携帯端末は、そういう類いのものを防御する役割を持っていた。電源が切れると効力も切れるので、その場合は直接赴いて電源を入れ直さなければならない。
今まで、彼女がこの端末の電源を切ることはなかった。これが初めて。同僚や街の哨戒班とも連携はとれているので、電源が切れても彼女の安全に関して特に問題はなかった。
それでも。とぼとぼ歩いている彼女を見ると、やはり。声をかけてしまう。
「おっ。いたいた」
何の用だよ、みたいな表情。いたずらが見つかったときの、猫みたいな。そんな感じの眉間。
彼女は、喋れなかった。
この街のどこかで声を奪われたらしい。一応探索はかけているが、その類いの敵は今のところ見つかっていない。いつ奪われたのか、その声にどんな力があったのか、それも分からないまま。
だから、いつも彼女の表情と会話する。今日の彼女は、背中の毛羽立った、猫。飛び立つ直前の鳥。そんな感じ。
もしかしたら。
この街のことを、なんとなく感じとっているのかもしれない。
デザインとか、そういうものも全て投げ出して。この街の終わりを。俺自身の死を。感じているのだとしたら。
「俺の任務。見ていくか?」
なんとなく、出た言葉だった。言ったところで、彼女は、興味ないみたいな表情をして。それで終わりだと思っていた。
彼女の表情。一瞬の、真面目な顔。
そして。
くっついてくる。ちょっと予想外。本当に、この街のことを。俺のことを。感じているのか。
「あっ、脚ね」
違った。普通に、この前ぶつけた脚のところが出血してて。それで自分に掴まってきただけだった。
「テーブルナプキンは?」
彼女。テーブルナプキンが小物入れから出てくる。それを手にとって、彼女の脚の、赤くにじんだところを拭いていく。消毒するやつはいたくていやがるので、治るまで丁寧に拭う。たいしたことのない傷なので、明日ぐらいには治るか。
明日。
明日は、来ないかもしれない。
今日の任務に、失敗したら。街は無くなる。
今更だった。いつもそうで、たまたま今日の任務が、敵が、でかいだけ。
わくわくしている、自分がいる。今日なら。しねるかもしれない。しが近い。それだけで、充実感があった。何かを守って、意味なく死ねる。なぜこうなったのかは、分からないし、考えても答えは出ない。ただ、自分が自分である限り、こういう仕組みだというだけ。
彼女のくちが、ちょっとだけ、動いた。
正義の、味方。
そう言ったように、見える。ほんの少しの、声のない、呟き。
正義の味方。今の自分からは、最も遠い役職だった。ただしのうとしているだけの人間にとって、あまりにも意味のない、空虚な響き。それでも、一応、大枠の括りでは正義の味方ということになっていた。諸々の算出や街を守るための仕組みも、正義の味方扱いで出ている。
彼女が、なぜ、そう言ったのかは、分からない。勘違いかもしれない。彼女は、喋れなかった。だから、なんとなく自分の中の何かを、彼女のなかに見たのかもしれない。
「帰るか?」
彼女が、頷く。掴んだままだった。離れようとしない。それにどういう意味があるのかは、分からなかった。何かを感じているのか。それとも、単純に、立っていることに飽きたのか。
彼女を背負う。
さっき彼女がそうしていたように、ゆっくり、とぼとぼと、歩く。喋れない彼女は、周囲の状況になるべく適応するように、ゆっくりと歩くから。彼女を背負う自分も、ゆっくり、とぼとぼ。歩く。
その速度に安心したのか、背中の彼女のボディバランスが崩れた。どうやら、眠ってしまったらしい。ポジションを一旦変更する。彼女を背負う。今度は腰ではなく腕を基点に。ずり落ちないように。
このあとのことは。
彼女を部屋に帰して、ベッドに寝かせて、ごはんを作って。その後は。
任務が始まる。
今日は何の夜ごはんを作ろうか。
彼女の寝息がきこえる。
キルノット 春嵐 @aiot3110
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