第2話

 四六時中、監視されているのです。

 たとえ、独り言であったとしても、里見さとみの名を口にすることは許されません。家族の中にあって、私は孤立していました。

 しかし、母と娘の間では、通じるものがあったのでしょう。母を想ってか、里穂りほは男の子のような振る舞いをするのです。夫や妹が用意した女の子らしいものは、ほとんど嫌がりました。ピンクやリボン、レースなどを一切好かないのです。

 里穂が十月十日過ごしたお腹の中は、里見も居た場所なのです。何か話でもしてきたのでしょう。そう私は納得しました。

 妹は当初の予定よりは遅れたものの、子供の頃から決まっていた相手と結婚しました。まもなく、甥の善治よしはるが生まれます。実に愛らしい男の子でした。お人形のような容姿は妹にそっくりです。

 有体に言ってしまえば、善治は手のかかる子供でした。何もかもが気に入らないのです。そうして、一番気に障るのは、実の母親のようでした。母乳を嫌がっては、お腹が空いたと泣いているのです。そんな時には、私の腕の中で、ミルクを飲ませたものです。自分と関係のないところに居ると落ち着くのでしょう。私もそういう子供でした。妹は、この子のことが解らないと言っては、泣いていました。妹は、私とその子供のような蜜月関係を期待していたのです。

 善治は未熟児で、産まれてしばらくは病院で過ごしたのです。母の温もりを心地良く思えなくても当然なのかもしれません。妹も妹で善治に対して負い目があるのでしょう。どこか諦めてしまうようなところがあるのです。

 それだから、善治が自分から離れに住みたいと言い出したとき、全身で拒絶しながらも無茶を聞かざるを得なかったのです。

 先にも申しましたとおり、善治は赤ん坊のころから母親を好いてはおりませんでした。物心ついて、家の中でも静かな離れを逃げ場とするのは、当然のことだったのです。

 その少し前、いつものように、家人が出払った隙に、私は里見と逢って話を聞かせてやっていたのです。里見の服やおもちゃなんかが目に見えて触れられる幸せ。膝の上にぬいぐるみを乗せて、私は確かに里見と触れ合っていたのです。

 すると、どこからか物音がします。

 よもや親子の時間を邪魔されるのではあるまいか。

 果たして、闖入者とは善治でした。こうなっては仕方ありません。善治を招き入れます。善治は部屋の中を見回して、結論したようでした。

「その子、ここに住んではるん」

「ええ、そうよ」

 いい大人が人形遊びなんかして。そういった反応を予想していたのです。あまりのことに、私は唇を引き結び、顔を逸らしてしまいました。

「ええなあ」

「え」

「僕も、ここに住みたい」

 なんと素敵な提案でしょう。きっと、里見も喜ぶに違いありません。

 私は、善治の手伝いをしました。具体的には、善治の胸の病を言い訳にして、療養のために離れで過ごすことはとても良いことに違いないと、家族に力説したのです。

 果たして、善治の願いは受け容れられたのです。

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岡香里、かく語りき。 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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