岡香里、かく語りき。

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

 私には、三人の子が居ります。

 初めの子は、男の子です。里見さとみという名です。夫の国見くにみ、母である香里かおりから一文字ずつとって名づけました。

 私は子供のころから陰気でしたので、まさか自分に赤ん坊の世話が務まるなどとは夢にも思っておりませんでした。

 それが、どうでしょう。

 確かに、私の性質は、里見にも伝わっていたのです。

 だからと言って、不快なことはないのです。親兄弟にも感じ得なかった親しみが確かにあるのです。不思議なものです。私は、「これから」を楽しみにしている。そして、それはとても幸せなことだと生まれて初めて悟ったのです。

 里見とは、ずっと一緒です。

 世の理を理解もせぬまま、母になり、里見に出会い、そして、死に別れました。

 朝、目を覚ますと、私の小さな宝物は冷たくなっていました。

 認めたくありません。

 私は、ただ、里見が再び笑いかけてくれる日を待って、あの日を繰り返します。里見と一緒の布団に寝て、目を覚ます。けれども、そこに在るのは、里見同じ重さしただけのぬいぐるみなのです。

 願掛けでした。

 そうして、ある日、離れに妹がやってきました。

「里見ちゃんと散歩に出かけましょう」

 妹は、里見の使っていた乳母車を持ち出してきて、ぬいぐるみを乗せました。

「馬鹿みたい」

 私は、呟きました。

「どうして」

「里見は、もういないのよ」

 言ってしまってから、辛さがこみ上げます。妹が肩に手を置き、囁きます。

「里見ちゃんは、いつでもお母さんを見守っているわ」

 私は、唇をかむばかりでした。

 散歩に慣れた頃、ふと感じました。里見は、きっと帰ってくる。

 そのためには、私のほうからも手を伸ばさなくてはならない。果たして、里見は帰ってきました。その日は、里見の誕生日でした。里穂りほの誕生日です。

 妹は、里見のときと同じ、産まれたときと同じ体重のぬいぐるみを贈って寄こしました。重さは里見と同じ、違うのはリボンの色だけでした。

 夫は、危惧していました。無理もありません。

 里見と里穂は、誕生日も、体重も同じ。双子のような存在です。ただ、性別だけが違います。この点、夫には救いだったようです。殊更に、里穂は女の子であると強調しました。

「この子はね、里見じゃない。里穂だよ。女の子だ」

 そう言って、大事に取ってあった、里見の服もおもちゃも何も里穂に使わせようとはしませんでした。徹底していました。まず、里見と過ごした、離れを使うことを許しませんでした。もともと妹の花嫁修業の邪魔にならないようにと配慮されてのことだったのです。これには、妹も赤ん坊の世話も花嫁修業のうちだからなどと全く正反対のことを言うのです。

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