11話:最後のピース




 放課後、俺は用を済ませ遅れて部室へやってきた。 するとなぜか中に入らず、扉の隙間から雪先輩が覗き見している現場を目撃してしまう。


「なにしてんすか」

「別に」


 別にって顔じゃない。 目は血走り、歯を喰い縛っている様子は尋常ではないだろう。

 

「ありがとう、ほんっとぉぉぉぉに助かった」

「いえいえ、そんなぁ。 お役に立てて良かったです」


 しかし中から聞こえてきた会話に、察するものがあった。

  

 雪先輩にならって部室を覗くと、そこには涅に涙目の部長がすがり付くというなかなかカオスな光景が広がっていた。


その様子を雪先輩が凝視している。 シンプルに怖い。


「どういう状況……?」

「あの泥棒猫が新入部員を連れてきて、部は存続することになった」

「泥棒って……まあ良かったじゃん! それにしては雪先輩は嬉しそうじゃないですね?」

「私の氷雨さんの心をあいつは奪った! ああ! 私に友人がいれば!!!」


 ただの嫉妬である。

 大体想像通りで俺は雪先輩に呆れた。 この人には何を言っても無駄と判断し、その新入部員の姿を探すが見当たらない。


「その救世主さんはいないんですね?」

「…………はあ、それが転校予定の生徒らしい。 六月に転校、それから実際に入部するみたい」

「へえ意外」


 そんな裏技みたいな行為、絶対許さなそうなのに。


(昨日の言葉と何か関係が……いや深く考えるのは良そう)


 気をつけろ、そんな忠告めいた言葉は頭の隅に追いやって、とりあえず俺は部活の存続を喜ぶことにした。


「雪先輩、そろそろ部室入りません?」

「先陣は任せたぞ、後輩」

「全くこの人は……」


 雪先輩も俺と同じコミュ弱者、当然俺が入りずらい所は入りずらいのだろう。

 頼りにならないのに、なんでこの人はいつも偉そうなのか。 しかし不思議と憎めないのが困る。


「ふう、ちょっとトイレ行きたいかも」

「さっさと行け」


 しかしやはりこの空気に入り込むのは憚られたので、逃げようとした俺を雪先輩が押し込んだ。


「何するんすか! やっぱりここは先輩が」

「女は男の後ろを歩くもの」

「なんつー時代錯誤なっ」


 抵抗しようとして、つかみ合いになり俺たちはバランスを崩して二人して部室へ倒れ込むながら入室する羽目になった。


「いってえ」

「うう」


 顔を上げるとポカンとした部長とくりがこちらを見ていた。


「ふがふが!」

「あ、すいません」


 下敷きにしていた雪先輩が苦しそうにもがくので、俺は慌てて立ち上がった。


「ふふ、何やってるの二人とも。 なんか昔のラブコメみたい」


 部長が笑うと、雪先輩の真っ白な肌がみるみる赤くなっていく。 別になんとも思っていなかったのに、それを見ていたら俺まで顔が熱くなってきた。


 そして後ろから冷えた気配がやってきた。


「不純異性交遊の場とするなら廃部にしますよ?」


 竜胆が冷めた目つきでそう言った。


「「誰がこいつと! な?!」」


 俺と雪先輩が声を揃えると、竜胆は不愉快そうに眉をひそめた。


「次はありませんよ?」

「「はい!!」」


 再び返事が被った俺は、もうこの場では何をしても墓穴を掘るだけだと口をつぐむのだった。






『祝! 創活存続! 第一回創作会議』


 ホワイトボードに書かれたタイトルを指して部長は言った。


「もう一人の部員はいないけど、さっそく活動していきたいと思います」


 そこに異論はない。 しかし俺は何をすればいいのか、したいのか。 色々考えてはみたものの、まだ明確に決まっていなかった。


「とりあえずそれぞれ個人で創作はもちろんするとして、それとは別に部全体で何か創作をしたいと思います」

「創作って並行してできるものなんですか~?」

「いいえ、それぞれ協力できる範囲で簡単なことを企画するともりだから個人の活動に支障はないはずよ」

「そうなんですか! それはとても安心ですね!」


 部長の言葉に雪先輩が棒読みで質問していく。

 これは俺たちに説明してくれているのだろうか。 だとしたら雪先輩の演技力が酷い。


「これ、新入生が来たらいつもやってる茶番だから……来年は君がやるんだよ」

「勘弁してくださいよ……」


 雪先輩は疲れた表情でそう言った。


「何かやりたいことある人! 挙手!」


 部室は静寂に包まれた。

 俺とくりはともかく雪先輩も意見を言うつもりはないらしい。 困ったように部長は笑って、ホワイトボードに文字を書く足していく。


「とりあえず何をしたいか、映画でも、小説でも、音楽でもなんでもいいからお家で考えてきてもらおうかな!」


 まさかの宿題である。


 その時、竜胆が一人挙手した。


「はい、先生! どうぞ!」

「体育祭が控えています。 部活に熱中して、そちらが疎かにならないように気を付けてください」


 竜胆はなぜか俺の方を見て、念を押した。


「体育祭か……」

「ああ、お腹痛くなってきた」


 創作を好む人のイメージ通り運動が苦手そうな先輩たちは、暗い顔になった。


 俺も憂鬱だが、それしてもなぜそこまで二人が嫌がるのが不思議だ。 雪先輩はともかく氷雨部長は学校行事とか普通にエンジョイしてそうなタイプだと思ってた。


「そんなに嫌ですか?」

「体育祭自体は楽しいんだけど、部活対抗リレーがちょっと……ね」


 氷雨部長は苦笑でため息を吐くのだった。





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元ヒーロー、青春ラブコメに参戦する~世界を守ることに疲れたのでヒーローやめたけど、組織が説得のために送ってきた隊員がめちゃくちゃタイプだった~ すー @K5511023

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