10話:新入部員と忠告
「一年二組、
心棲虫に取り憑かれていた少女涅は昨日の面影は微塵もなく、快活な笑顔だ。
「昨日はご迷惑をおかけしました」
「いえ、いいのよ私たちは何もしてないから」
「後輩の功績は先輩である私の功績とも言えなくもない」
「言えないですから……あ、ホントに気にしなくていいから。 むしろ入部してくれるだけでありがたいばかりで」
勧誘するまでもなく、こちらの意図を読んだかのような絶妙なタイミングである。
彼女のおかげで不可能だと思われていた部員集めに可能性が見えてきた。
「? どういうことでしょうか?」
「この部活、部員不足で存続の危機なんだよ。 ね、部長?」
「うん、でもでもプロモ作ったし、もしかしたら希望者が殺到するかも……」
そう言って部長が動画投稿サイトに投稿した動画を開く。
『再生数3:いいね3』
うん、希望者が殺到する可能性はなさそうである。
「最初で最後の創作……良い思い出になりました」
「冗談でもやめてよ……」
「ふむ、これは必要かもしれない」
「急にどうしたんですか、雪先輩」
俺が部長を弄って遊んでいると、突然雪先輩が真剣な表情で言った。
「私、雪見は新入生歓迎会も兼ねてファミレスでの作戦会議開催を提案いたします」
「ちょっと雪ちゃん、まさか」
「そう行き先は」
ニヤリと笑った雪先輩に連れられてやってきた駅前のファミレス。 俺と涅が大人しくメニューを眺めている横で、雪先輩はそわそわしている。
そしてなぜか店に着いた途端、なぜか部長はいなくなるし。 一体なんなんだろう。
ーーピンポーン
俺の疑問は他所に雪先輩はベルを鳴らした。
「はい、お待たせいたしました」
「何してるんですか、部長」
やってきたのはファミレスの制服を着た部長だった。 ひらひらした制服を見事に着こなす部長は赤面した。
「私、ここでバイトしてるのよ……」
「なるほど、これが見たかったのか」
「氷雨さん! 一緒に写真撮ってもいいですか?!」
「そういう店じゃないから!」
「はは、なんか面白い先輩たちですね」
涅に笑われたことがショックだったのか部長はため息を吐いて、メニューを指した。
「とりあえず仕事させてね……」
部長がバイト終わるまで、俺たちはぐだぐだと時間を潰した。
「じゃあ、遅いしもう帰ろうか」
疲労困憊な様子の部長の一言で、俺たちは解散となった。 話し合いなんて一切できてない。 しかしこれはこれで学生って感じで悪くない気がしている。
「じゃあ私たちこっちだから」
「後輩よ、作戦通りにな」
駅のホームで先輩たちと別れ、俺は涅と二人になった。
(話すことねぇ……)
こういうとき何を話したらいいのだろうか。 雑談ってどうやるんだ、と俺が頭を必死に働かせていると、
「御酒草深紅くん……」
「ん?」
彼女は眉間にシワを寄せながら呟き、そして良いことを思い付いたように笑った。
「御酒草って呼びずらいから、深紅って呼んでいいかな?」
口元に指を添えてあざとく笑う姿は、女子に耐性がない俺にとっては刺激が強すぎる。
「お、おう」
「深紅くんも、クリって呼んでくれていいよ?」
「い、いや俺はちょっと」
「わあ、照れてるー。 可愛い」
顔が熱く、心臓の音がうるさい。
これはもしかしてもしかするのか、と俺は淡い期待を抱くーー恋人ーーそれは学園生活において充実の極致とも言える存在だ。 もしもそれが手に入るのならば、ボッチの辛さも気にならないことだろう。
「あ、電車きた」
止まっていた息を吐いて、俺は電車に乗り込んだ。
つり革に捕まっていると、ちょんちょんと袖を
涅に引っ張られた。
「インスタ交換しよ」
「ふぇ!? お、俺SNSとかやってなくて」
「えーそうなの? じゃあやろやろ」
涅に言われるままインスタのアカウントを作り、彼女は途中の駅で降りた。
「バイバイ、また明日ー!」
「ば、バイバイ!」
電車が発車して見えなくなるまで、彼女は元気に手を振り続けていた。
やはり俺が守ってきた平和は素晴らしいものである。 つくづくヒーローをやめて正解であったと俺は再認識した。
「これが青春ってやつか」
「楽しそうですね」
「うわっっ!! え、なんでいんの? は?」
冷気をまとったような声に振り向くと、こちらを睨む竜胆花が立っていた。
今の甘酸っぱいシーンを見られたとしたら相当恥ずかしい。 さすがに鼻の下が伸びていた自覚はある。
「帰り道なので」
「嘘つけ! 絶対付けてただろ!」
普通なら信じれるが、最近は鳴りを潜めていたものの竜胆は俺をヒーローに復帰させることが目的とした組織の人間である。
それを遂行するためなら後を付けるくらい平然と行うだろう。 組織は正義を唄っているが、裏の存在である弊害か運営的にはグレーな部分も多いのだ。
浮わついた気分が一気に冷えていく。
「付けてません」
「はあ、嘘付くならもっとマシな嘘をーー」
「あの、私もそんな暇じゃないんで」
普段から冷たい表情に、素っ気ない喋り方がいつにも増して鋭く感じた。
(怒っている? なぜ?)
理不尽な対応に俺がちょっとムッとしていると、電車が駅に停車し座っていた竜胆が立ち上がった。 本当に帰り道だったらしい。
すれ違い様、竜胆は俺の耳元でこう言った。
「彼女には気を付けて」
ーー発車しまーす
何を、と聞く前に扉が閉まる。
「なんなんだよ、一体………」
有頂天から一転、スッキリしないまま俺は電車に揺られるのだった。
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