第53話

「お、お前達は何者なんだ。どうしてこんなことをしたんだ!」


 男に対し、腹の底から絞り出して咆哮ほうこうする。全身が激痛で軋むものの、湧き上がる憤りで声量を抑えられなかった。

 いきなり怒鳴られて意外だったのか、長身の男は「おや」と言葉を漏らす。


「手当てや病院への帰還を要求するかと思っていたのですが」


 指摘されて、はっとした。

 本来であればそちらを優先するべきだろう。

 だが、真っ先に飛び出したのは、主催者の正体と目的を知ることだった。謎のまま幕引きでは、犠牲になった者達が浮かばれない。最後の一人になったのだから、知る権利はあるはずだろう。


「まぁいいでしょう。傷だらけでやって来たのですから特別です。ご褒美として、答えられる範囲で真実を教えて差し上げましょう」


 長身の男は話しながらも歩みを止めず、安路の前で忙しなく動き回る。まるでステージ上で朗々と語るエンターテイナーのようだ。


「ではまず一つ目。何者かという問いからいきましょう」


 ぴん、と右の人差し指を真っ直ぐ立てる。色白で細長い指だ。暗い室内で青白い光を浴びて際立っている。


「私達を端的に表すのなら、罪と悪を憎む正義の同志です。と言っても、あなた方が犯した罪とは何の関わりもない赤の他人。世に蔓延はびこる不義に憤る、どこにでもいる市井しせいの民に過ぎませんが」


 大げさな身振り手振りで客席を指し示す。同志と呼ばれた人々は微動だにせず、白い能面でこちらを見ているだけ。よく見ると、同志の容姿や服装はバラバラで多種多様。仮面以外に共通点はなく、老若男女満遍まんべんなく座っている。

 事件の被害者やその遺族ではなく、ましてや関係者ですらない人々が、どうして雁首がんくび揃えているのだ。


「こんな大人数、しかも無関係なのに協力って……」

「いえいえ、これでもほんの一部です。我々の思想に共感する者は、日本全国津々浦々どこにでもいるのですから」


 しかも、これで全員ではないらしい。


「正しさを貫きたい、害をなす悪を駆逐したい。人間が持つ普遍的な信条ではないでしょうか」

「それは、わかりますけど」


 彼が言わんとすることは理解出来る。立場が違ったのなら安路自身も共感していただろう。世の中をむしばむ不正や不道徳を許さぬ心。それは人間が正しくあるため、絶対に忘れてはいけない要石かなめいしだ。

 しかし、正義の名の下にデスゲームを仕向け、実質的な私刑を実行するのは違うだろう。自分達にした仕打ちと高尚な信条が噛み合っていない。


「“ならどうしてこんな惨いことを”と言いたげですね?」


 こちらを見透かしたように、男がずいと顔を近づけてきた。

 モニターの光を反射して輝く仮面が鼻先に迫る。眼窩がんかに位置する二つの穴は、吸い込まれそうなほどに黒々としていた。


「では二つ目、何故こんなことをしたのか」


 男は人差し指に加えて中指を立てて右手で“二”を表す。


「あなた方は便宜べんぎ上デスゲームと呼称していましたが、私達にとってこれは実験だったんですよ。今後の指針について、同志の間でも意見が割れましてね。実験の結果を踏まえて決める運びとなった訳です」


 男は悪びれる様子なく、人をモルモット扱いしたとうそぶいている。


「そこで選ばれたのがあなた達です。罪を犯した身でありながら、不当に安く見積もられた罰で許された者。多くの被害者や遺族が一生苦しみ続けるというのに、あなた達は過去を忘れ、のうのうと人生を謳歌おうかしている。あまりにも理不尽で不公平。相応の罰を受けるべきなのです」


 手持ち無沙汰に歩き回る男は遠ざかり、そこまで言い切るとこちらへ振り返った。無表情な仮面越しであるが、怒りの念がにじみ出ているのがわかる。


「ですが、安い罰とはいえ、一応罪を償ったのは事実。十分に反省し改心、更生し善良な市民として利益を生む可能性もありました。私達の手で正当な裁きを下すべきという意見、罪人は生かして償いをさせるよう促進するべきという意見。そのどちらも混在する中、折衷せっちゅう案として実験してから決めるべき、というのが落としどころになりました。あなた達のような者が社会で生きる価値があるかどうか、実験を通して測らせてもらう。それがこの催しの趣旨であり、私達の活動方針のいしずえになるのです」

「その実験が殺し合い? 結局新しい罪を増やすだけじゃないか」

「いえいえ、私達は一言も“殺し合え”などと言っていません。モニターにも書いてあったでしょう。

 “六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”と。

 安い罰とはいえ裁かれたあなた達だ。本当に罪を悔いて善良な市民になったのであれば、自ずと最後の一人を譲り合って椅子に座るはず。その期待から限られた予算から捻出ねんしゅつ、全国の同志からも資金を募って会場を建設したのです。それなのに、あろうことか殺戮さつりくの現場となってしまった。それもたった六時間程度、一日と持たず血腥ちなまぐさい結果です。残念ながら軽度の罰で改心は不可能、私達の手で裁くべきという意見を後押しする結末になりましたね」

「それは、お前達が武器なんて用意したせいじゃないか! 大体、すぐ座ると予想していたなら、無駄に凝った謎解き要素は何が目的だったんだ!?」

「それはフェイクですよ。正確には初期案の名残なごりと言っても良いでしょう。当初はあなたの言う通り、各種デスゲームのように謎解きをさせよう、という意見もありまして。それを内装に流用したまでです」


 まんまと術中にはまってしまった。安路は唇を噛みしめる。

 まさか恵流の推測通り、読み解く価値のない要素だったとは。必死に謎を追っていた自分は道化でしかなかったのだ。


「ですがそれも一興。推理小説のように意味深な要素から関連性を見つけ出し、謎ばかりの状況を解決に導いていく。罪人ばかりの集団とはいえ、手を取り合って奮闘するのなら、それもまた実験の結果。あなた達を許すべきとする余地もあったでしょう。ですが、謎を追う中で見つけた武器で殺し合う、自分だけが生き残ろうとする短絡的な思考の者ばかりだった」


 長々と語っているが、要するに連中の掌の上だったという話だ。

 謎を解けば脱出出来ると無意味に意気込むのも、隠された武器で殺し合いに発展するのも、正規の手段で門を開き一人勝ち残るのも、何もかもが想定済み。

 必死に足掻あがいてきた全ては、実験の結果を提供していただけに過ぎなかったのだ。


「ふざけるな……」


 ふつふつと腹の底から湧き上がってくる。真っ赤に燃えたぎ憤怒ふんぬの溶岩が、胃を食道を口腔こうくうを通って噴き出す。


「全部自分勝手な正義じゃないか! 罪を裁くなんて言うけど、お前らは血が流れる様を見たかっただけ。むしろそっちこそ犯罪者。私刑のデスゲームなんて狂っている!」


 あらん限りの怒声を吐き出した。目の前の男に、周囲で黙って座る人々に、歪んだ正義感を糾弾する。「我々は善良な一般市民です」と澄ましているが、その実は異常者の集まりでしかない。こんな連中と信条を同じにする予備軍が、全国津々浦々にいるなんて恐怖だ。自分達の正義に酔っている。

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