第六章:UTOPIA

第52話


 門の先にあったのは闇。何も存在しない漆黒の空間。

 かと思いきや、足元にほのかな明かりが浮き上がってくる。床に埋め込まれたライトが光っているのだろう。豆電球程度の光量が等間隔で続いている。この目印を辿って何処どこかへ向かうよう、主催者達が仕向けているに違いない。

 この先で連中が待っているのだろうか。

 罠かもしれない。が、事あるごとに疑っていたら立ち往生だ。今は目印通りに進むしかない。

 そっと一歩踏み出す。床は硬いコンクリートらしく、体重をかけても崩れる様子はない。更に一歩。仕掛けはなく真っ平らだ。ひとまず、目印に従っても問題はないらしい。

 暗闇の空間は広くも狭くもなく、縦横二メートルほどの四角い道が伸びているらしい。両側の壁を触れると冷たく、こちらもコンクリート製のようだ。


「段差か?」


 数歩先、床に灯る光が一段下がっている。どうやら階段らしい。

 頭の中でショッピングモールの地図を当てはめてみると、ここは丁度ちょうどトイレの真下に位置するのだろう。門の裏側に設置されていた関係上、直進するとぶつかってしまう。そのため、トイレの位置を避けるよう道が下に潜り込んでいるのだ。

 手負いの身で階段は転がり落ちる危険が高い。壁に手をつき慎重に一歩ずつ降りていく。幸い十段程度で終わり、またしばらく平坦な床が真っ直ぐ続く。弱々しい光が点々と、道先案内人としてたたずんでいる。


「……もっとうまくやっていればなぁ」


 暗い道を歩く中、黒一色の視界に重なるのはデスゲームの出来事。さながら名場面のプレイバック。しかし、映し出されるのは失敗ばかり。良い思い出は一つもない。

 最初から空回りしてばかりだ。

 謎解きこそ脱出の糸口と思い込み、あさっての方向に奮闘した結果がこの有様。参加者は空中分解、暴走した者に殴られ斬られて満身創痍まんしんそうい。しかも、女子高校生の犠牲の上に立っている。情けない話だ。


「ああ駄目だ。一人になった途端ネガティブになっているじゃないか」


 ――いい加減、後ろ向きに考えるのはやめなさい!

 先程受けた恵流のおしかりが脳内で反響する。

 まったくもって悪い癖だ。一度の失敗をくよくよ悩む。担当の医師からも、度々気を付けるよう言われていたというのに。

 あの時ああすれば自分がこうしていたら、と後悔を反芻はんすうしてばかり。止める者もおらず、ネガティブに拍車をかけている。

 その意味では、恵流の存在は心の支えだったと言えるだろう。か弱い少女に頼られて自己肯定感が得られたし、彼女のおかげで自分を責める時間は普段より減ったように思う。

 彼女の本性が冷酷な権力者で、“いじめ”を主導し自殺に追い込んだのは衝撃的だったし、到底許せる所業ではなかったのも事実だ。それでも、脱出しようと共に奮闘した時間は、確かに輝いていた。それに、彼女は最後の最後で激励を送り、奮い立たせてくれた。ひ弱な自分を支えてくれたのは、紛れもなく真実である。

 そんな恵流も、デスゲームの会場に置去りだ。無事に外へ出られたら、事件の顛末てんまつを医者や警察に全て明かし、彼女を助け出してもらわなければ。

 そのためにも、道半ばで力尽きる訳にはいかないのだ。


「あっ」


 等間隔で灯っていたランプが、前方で段々と宙に浮き始めている。近くでよく見ようとして、つまづき壁に激突してしまう。顔面をしたたかにぶつけたのだが、その感触から壁ではなさそうだ。


「もしかして、外に繋がる階段か?」


 一段ずつ淡い光を放つ階段。螺旋らせん式のようで、渦を巻きながら上へと伸びている。

 長かった直線が終わりを告げて、外へ抜け出す道が現れたらしい。ショッピングモールを“六道りくどう”モチーフにしただけあり、脱出する方向も上なのだろう。とすると、デスゲームの会場は地下に建設したのだろうか。一体日本のどこなのだろう、と余計なことが気になってしまう。


「そんなのは後だ。今は早く登らないと」


 安路は階段の一段目を踏みしめる。コンクリート製の硬い感触。こちらも罠の類いはないようだ。埋め込まれた明かりだけが足元をぼんやり照らしている。

 怪我の痛みと貧血でふらつくも、手すりを握りしめて体勢を保つ。恵流から「生きろ」と思いを託されたのだ、間抜けに事故死では合わせる顔がない。踏み外さないよう慎重に、一段一段集中して登っていく。


「はぁ、はぁ」


 何段目くらいからだろうか。蓄積された疲労で息は上がり、心臓は小刻みに脈動し血を送り、傷口はじくじく湿り気を帯び始める。

 どこまで行けば終わるのだろうか。

 いよいよ体力の限界、ふっと気が遠くなりかけた時。体感で病院の階段五階分くらい登ったところで、上から青白い光が差し込んできた。


「ここがゴール……?」


 歯を食いしばり、気合いを入れて最後の段を踏みしめる。最上階なのだろうか。安路は辿り着いた場所をぐるりと見回す。

 周囲は薄暗く、前方には煌々こうこうと光る四角いスクリーンがある。まるで映画館のような内装だが、放たれる光はテレビやパソコンの画面に近いだろう。

 果たしてそれは巨大なモニターだった。六分割されて各々何処かを映しており、時折その映像を切り替えている。

 映し出される光景は、どれもが見覚えのある場所ばかりだ。

 滅茶苦茶めちゃくちゃに荒らされた洋服店。血のわだちが染みついた通路。そして五つの死体と一人の少女が座る椅子の部屋。

 ショッピングモールを模した密室の映像だった。監視カメラが捉えたものだろう。参加者達の動向を観察するために設置した物。だとすれば、この場所はデスゲームの観覧席と言えるだろう。当然、席があるなら観客もいる訳で、


「うわぁっ!?」


 ずらりと座る人々を前に、安路は頓狂とんきょうな声を上げてしまう。

 映画鑑賞よろしくモニターに向かい合う者が大勢いる。数はざっと見ても三十人、否、五十人以上いるだろう。だが、それ以上に驚きなのは、誰もが真っ白な仮面を被っていることだ。陶器とうきのような光沢をしたそれは、目と口の位置に穴が開いただけの、簡素で無表情な所謂いわゆる能面顔。しかも全員が寸分違すんぶんたがわず同じ仮面。暗闇に浮かぶ白い顔の大群は、異様で不気味で非現実的。安路はへなへなと力なくへたり込んでしまう。


「ようこそ、朝多安路さん」


 すると、客席から一人の仮面が立ち上がる。低音だが、はっきりと聞き取りやすい声。声優かアナウンサーを思わせる美声の持ち主は、黒いスーツに身を包む長身の男だ。すたすたと軽い足取りで安路の元へと降りてくる。

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