第51話
ショッピングモールを模した会場を建設して、オリジナルの店名や陳列する商品を考案して。費用も労力も多大につぎ込んだ物全て無意味なお遊び。
いくら何でも暴論ではないか。
しかし、目から
罪人を集めたのに救いの手を差し伸べるなんて、“
それに、有毒有害な生物をあてがわれたから何だ、
考察するほどに泥沼。答えがないのに存在すると思い込ませる、探偵気取りこそ陥る特大の罠だったのかもしれない。
つまり、今まで安路がやってきたのは、生産性ゼロの
自分の
「一緒に脱出して罪を償うって約束したけど、果たせそうにないわね」
恵流は
「代わりと言うのはなんだけど、私はこの場で罰を受けるわ」
彼女の犯した罪。
脱出の
恵流は自らを罰するために、“罪を悔い改めし者”として、裁きの椅子に身を預けようとしている。
「駄目だ、恵流さん――」
「止めないで!」
熱を帯びる頬の痛みを振り払い、か細い身に
彼女に犠牲を強いてはいけない。
その一心だったが時既に遅し。顔を上げると、六脚目に着席した恵流の姿。血塗れの制服の上からベルトが巻きつき、彼女の体は完全に繋ぎ止められていた。
モニターに映る
すると――ゴゴゴ、と地響きが低く
コンクリートの床から足の裏、更に両足を伝って振動が全身を
門の先には何もない、黒の空間が延々と拡がっている。この部屋の薄暗さとは比べものにならない、深い深い暗闇がそこにあった。
“六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”
デスゲーム開始当初より示され続けていた一文の通りだ。
罪人六名が錆び色の椅子に座ったことで、最後の一人が決定して扉が開いた。違いがあるとすれば、“光を臨める”はずが真っ暗闇なことだろうか。
「どうして、君は」
「何よ、この期に及んで。今度は“病人より健康な人が生き残るべき”なんて言い出さないよね?」
恵流は椅子に腰掛けたまま、困り顔の
何故笑っていられるのだ。全ての希望が消え失せたというのに。
がっちり食い込んだベルトは外せない。あるいは手斧で断ち切れるかもしれないが、鈍い刃は十中八九ベルト以外も深く傷つけてしまうだろう。
もう助け出せない、どうすることも出来ないのだ。
「私は消せない罪を犯した。だから罰を受け入れて、あなたを助けるのよ」
「そんな、だからって」
いくら理屈が通ると言っても、受け入れられない。
安路は駄々をこねる子供のように何度も
「いい加減、後ろ向きに考えるのはやめなさい!」
厳しく
「あなたの罪が怠惰、役に立たない穀潰しなのだとしたら、課せられた罰は懸命に生きることでしょ」
否、それは激励。安路を
「前に進むのよ。そして自分の生きた証を、誰かのためになる一生を送りなさい。じゃないと、私の犠牲が無駄になるわ」
真っ直ぐ見据えてくる眼差しは、一点の揺らぎも見受けられない。恵流の瞳は固い決意の輝きで
彼女の
それなら、残された選択肢は一つだけ。脇目も振らずに突き進むことだけだろう。
「わかったよ恵流さん。僕は、懸命に生きてみせるよ」
ぼやける視界を正そうと、患者衣の
いくら苦悩したところで過去は変わらない。起きてしまったことは取り返しがつかない。恵流が罪を悔いて扉を開いたなら、その意志に報いて最後の一人として脱出するしかないのだ。
「でも、これは君に返すよ。人を殺す道具は性に合わないから」
だがその前に、渡された拳銃を彼女に返却する。命を奪う道具は持ちたくない。クロスボウを握って感じたことだ。元の持ち主に返すのが道理だろう。
「いいえ、それはあなたが持っていなさい」
しかし、きっぱり拒否されてしまった。
「でも、デスゲームは終わったはずだし」
「念のためよ。ここから先、何が起こるかわからないんだから」
「それは、保険代わりにはなるかもだけど」
「どうせだったら、フードコートに戻って他の武器も持っていきなさい。ナイフも鎌も手斧も置きっ放しだから。そこの金属バットでもいいけど」
「い、いらないってば」
「だったら銃の一つくらい持っていきなさいよ」
「……はい」
といった具合で、女子高校生に言いくるめられてしまった。
安路は渋々ポケットに拳銃を仕舞う。ずしりとした冷たい重みが、人を殺す道具という重圧を否応なしに感じさせてくる。
きっと使う機会はないだろう。だが、持っておくに越したことはない。
安路はふっと息を一つ吐き、改めて前へ進む覚悟を決める。
「それじゃあ、行ってくる」
椅子に座る恵流に別れを告げ、門の先に伸びる闇へと足を踏み入れる。
センサーが侵入を感知したのか、それとも監視カメラで様子を見ていたのか。暗闇に潜り込んだ瞬間、扉が地響きと共に閉まり始める。差し込んでいた光は次第に細くなり、コンクリートの灰色も、立ち並ぶ椅子の錆び色も、恵流を染め上げる真紅も、全てが黒く塗り潰されていく。
――バタン。
そして、真っ暗闇だけの世界が訪れた。
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