第51話


 ショッピングモールを模した会場を建設して、オリジナルの店名や陳列する商品を考案して。費用も労力も多大につぎ込んだ物全て無意味なお遊び。

 いくら何でも暴論ではないか。

 しかし、目からうろこが落ちかける自分もいる。

 罪人を集めたのに救いの手を差し伸べるなんて、“蜘蛛くもの糸”のお釈迦しゃか様でもあるまいし。もし安路が主催者なら厳格なゲームにするだろうし、そもそも悪者は問答無用で裁くだろう。むしろ、謎を解いて助かろうと足掻あがく参加者を嘲笑あざわらうため、と仮定する方が納得出来る。

 それに、有毒有害な生物をあてがわれたから何だ、輪廻転生りんねてんせいの世界を元にしたネーミングが何だ。その程度ならデスゲームどころか、ありとあらゆる創作物で散見される要素ではないか。意味もなく登場人物の名前に統一感を与える作品など、実例を挙げ出せばきりがない。だとすれば、“七つの大罪”も“蠱毒こどく”も“六道りくどう”も、デスゲームを開催するにあたってモチーフにしただけ、深い意味はない可能性だってある。

 考察するほどに泥沼。答えがないのに存在すると思い込ませる、探偵気取りこそ陥る特大の罠だったのかもしれない。

 つまり、今まで安路がやってきたのは、生産性ゼロのひとり謎解きごっこ。何をやっても役立たずという事実に、更なる実例を追加しただけなのだ。

 自分の不甲斐ふがいなさを改めて認識し、安路は天を仰いでしまう。薄暗い灰色の天井が垂れ込めているだけだった。


「一緒に脱出して罪を償うって約束したけど、果たせそうにないわね」


 恵流は自嘲じちょう気味に薄ら笑いを浮かべると、残る最後の空席へ向かおうときびすを返す。


「代わりと言うのはなんだけど、私はこの場で罰を受けるわ」


 彼女の犯した罪。

 脱出のあかつきには「しかるべき方法で償う」と約束をしたのに。

 恵流は自らを罰するために、“罪を悔い改めし者”として、裁きの椅子に身を預けようとしている。


「駄目だ、恵流さん――」

「止めないで!」


 咄嗟とっさに引き留めようとするも、平手打ちがほほを弾き、安路は軽々床に倒れ伏してしまう。華奢きゃしゃなもやし男だが、貧血のふらつきも相まり、女子のビンタにすら負ける体たらく。はたかれた衝撃で視界に星がちかちかまたたいている。

 熱を帯びる頬の痛みを振り払い、か細い身にむちを打って叩き起こす。

 彼女に犠牲を強いてはいけない。

 その一心だったが時既に遅し。顔を上げると、六脚目に着席した恵流の姿。血塗れの制服の上からベルトが巻きつき、彼女の体は完全に繋ぎ止められていた。

 モニターに映る蝙蝠こうもりのマーク、その横で点灯していた“漆原恵流”の名前が消える。これで六人分の名前が消灯。残るはおおかみの隣に映る“朝多安路”だけ。

 すると――ゴゴゴ、と地響きが低くうなり声を上げる。

 コンクリートの床から足の裏、更に両足を伝って振動が全身をしびれさせていく。堅牢な門がゆっくりと、ぶ厚い鉄色くろがねいろの扉がゆっくりと、観音開きでその口をぽっかりと開けていった。

 門の先には何もない、黒の空間が延々と拡がっている。この部屋の薄暗さとは比べものにならない、深い深い暗闇がそこにあった。


 “六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”


 デスゲーム開始当初より示され続けていた一文の通りだ。

 罪人六名が錆び色の椅子に座ったことで、最後の一人が決定して扉が開いた。違いがあるとすれば、“光を臨める”はずが真っ暗闇なことだろうか。


「どうして、君は」

「何よ、この期に及んで。今度は“病人より健康な人が生き残るべき”なんて言い出さないよね?」


 恵流は椅子に腰掛けたまま、困り顔のまゆで微笑んでいる。

 何故笑っていられるのだ。全ての希望が消え失せたというのに。

 がっちり食い込んだベルトは外せない。あるいは手斧で断ち切れるかもしれないが、鈍い刃は十中八九ベルト以外も深く傷つけてしまうだろう。

 もう助け出せない、どうすることも出来ないのだ。


「私は消せない罪を犯した。だから罰を受け入れて、あなたを助けるのよ」

「そんな、だからって」


 いくら理屈が通ると言っても、受け入れられない。

 安路は駄々をこねる子供のように何度もかぶりを振った。その煮え切らぬ態度に恵流は、


「いい加減、後ろ向きに考えるのはやめなさい!」


 厳しくしかりつける。


「あなたの罪が怠惰、役に立たない穀潰しなのだとしたら、課せられた罰は懸命に生きることでしょ」


 否、それは激励。安路を鼓舞こぶするための発破はっぱかけだ。


「前に進むのよ。そして自分の生きた証を、誰かのためになる一生を送りなさい。じゃないと、私の犠牲が無駄になるわ」


 真っ直ぐ見据えてくる眼差しは、一点の揺らぎも見受けられない。恵流の瞳は固い決意の輝きでたたえられている。

 彼女の贖罪しょくざい、そして安路を生きて帰還させるための覚悟。

 それなら、残された選択肢は一つだけ。脇目も振らずに突き進むことだけだろう。


「わかったよ恵流さん。僕は、懸命に生きてみせるよ」


 ぼやける視界を正そうと、患者衣のそでで顔を拭う。

 いくら苦悩したところで過去は変わらない。起きてしまったことは取り返しがつかない。恵流が罪を悔いて扉を開いたなら、その意志に報いて最後の一人として脱出するしかないのだ。


「でも、これは君に返すよ。人を殺す道具は性に合わないから」


 だがその前に、渡された拳銃を彼女に返却する。命を奪う道具は持ちたくない。クロスボウを握って感じたことだ。元の持ち主に返すのが道理だろう。


「いいえ、それはあなたが持っていなさい」


 しかし、きっぱり拒否されてしまった。


「でも、デスゲームは終わったはずだし」

「念のためよ。ここから先、何が起こるかわからないんだから」

「それは、保険代わりにはなるかもだけど」

「どうせだったら、フードコートに戻って他の武器も持っていきなさい。ナイフも鎌も手斧も置きっ放しだから。そこの金属バットでもいいけど」

「い、いらないってば」

「だったら銃の一つくらい持っていきなさいよ」

「……はい」


 といった具合で、女子高校生に言いくるめられてしまった。

 安路は渋々ポケットに拳銃を仕舞う。ずしりとした冷たい重みが、人を殺す道具という重圧を否応なしに感じさせてくる。

 きっと使う機会はないだろう。だが、持っておくに越したことはない。

 安路はふっと息を一つ吐き、改めて前へ進む覚悟を決める。


「それじゃあ、行ってくる」


 椅子に座る恵流に別れを告げ、門の先に伸びる闇へと足を踏み入れる。

 センサーが侵入を感知したのか、それとも監視カメラで様子を見ていたのか。暗闇に潜り込んだ瞬間、扉が地響きと共に閉まり始める。差し込んでいた光は次第に細くなり、コンクリートの灰色も、立ち並ぶ椅子の錆び色も、恵流を染め上げる真紅も、全てが黒く塗り潰されていく。

 ――バタン。

 そして、真っ暗闇だけの世界が訪れた。

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