第49話
「また、駄目なのか」
だが、既に明日香は息をしていなかった。
椅子に固定されたまま
これで正真正銘二人だけ。生存者は安路と恵流だけになってしまった。
「くっ。もう、どうすればいいんだ……」
癖で頭を
安路はコンクリートの壁にもたれかかると、そのままずるずる腰を下ろすと
「体は大丈夫そう?」
手負いの身を案じて、恵流がそっと覗き込んでくる。「平気だ」と強がろうとする気も起きず、安路は力なく一つ頷くだけ。
無事ではない。心身共に限界間近だ。それに、投薬という明確なタイムリミットが、刻一刻と迫っている。かれこれこの場で六時間以上、拉致され運ばれる時間も含めたら半日以上だろうか。早く病院に戻らなくては。救助を悠長に待つ余裕はない。
体力が残っているうちに、思いつく限りの脱出方法に挑戦したい。
同じ思いだろう恵流は、
「このっ、このっ!」
金属バットを打ち付けて、
金属同士がぶつかり
「はぁ、はぁ」
肩で息する恵流。金属バットで繰り返し殴るも、何一つ成果は得られず。それでも彼女は諦めていない。
「安路はここで待ってて」
一発逆転の秘策でも思いついたのだろうか。
完璧に閉ざされた空間。七人が何度も探索したのに、隙間一つ見つからなかった密室。
手詰まりの現状を打破する方法なんて、主催者すら見逃した
「……遅いな」
恵流は中々帰ってこない。
出ていってから一時間、それとも二時間以上か。時計がないので正確には不明だが、体感でも随分時が過ぎたとわかる。
残りの参加者は自分達だけ。つまり、道中何者かに襲われる事態はあり得ない。トラップの類いもなかった。となると、参加者以外の人物が接触してきたのだろうか。現状、殺し合わぬ穏健派だけになりゲームは停滞。そのため主催者かその関係者が介入してきた、という可能性もあるだろう。
だが、それなら何故ルール説明をまともにしなかったのか、という疑問が湧いてくる。織兵衛の事故死以降殺し合いに発展したから良いものの、モニターの文章や武器が見つかった程度で人は理性を失わないはず。
デスゲームのはずなのに、その趣旨が今一つ掴めないのだ。意味深な文章を掲げただけで、後は参加者の解釈に丸投げ。それなのに都合が悪くなってから「ちゃんと殺し合って下さい」と言い直す。行き当たりばったり。運営する側として
介入という行為の危険性も気になるところである。拉致監禁されたおかげで、参加者は全員堪忍袋の緒が切れる寸前。主催者達に
などと、あれこれ思考を巡らせていると――「はぁ、はぁ」と、荒い息遣いがする。
恵流が戻ってきたらしい。
「無事でよかった……」
安堵し胸を
しかし、やけに息苦しそうである。力を込めてから脱力、また力を込めて脱力。その繰り返しのような吐息が聞こえてくる。
出迎えようとしたのだが、血が足りないせいか、立ち上がる気力が起きない。ずぼらなことに、出入り口へ首を向けるだけ。光差す四角へ視線を注ぐ。
「はぁはぁ……んっ、ふぅ、くぅっ」
ゆっくりと、ゆっくりと。
少し進んだら立ち止まり、息を整えてからまた前進している。
戻ってきた彼女は何故か中腰、しかも後ろ向きだ。ずるずると、何か重い物体を引きずっている。どうやらそれを運んでいたため、帰りが遅くなったらしい。
「遅れて悪いわね、安路」
恵流は搬入を続けている。運ぶのが重労働だったのか、顔には玉のような汗が浮いており、赤い色をしていた。
どうして、赤い汗を垂らしているのだろう。
不思議に感じて彼女の纏う制服へ視線を落とすと、そこにも赤い汗がべっとり。それどころか、通ってきた場所には見事なレッドカーペットが伸びている。
「恵流さん、君は何を……」
視界に拡がる赤の正体に、ぞっと身の毛がよだつ。
汗なんかじゃない。あれは全て、恵流が浴びた返り血だ。その証拠に、彼女が運んできたのは死体。頭部に穴の開いた春明の
「だって、こうするしか、道はないでしょっ」
ずるずると空席へ、織兵衛の向かいに位置する椅子の前に死体を置くと、息を切らせて恵流は言った。
道、方法、死体を運んできた理由。
散々惨劇を
だとしても。
普通の女の子が大男の体を――恐らく手斧で何度も斬りつけて――バラバラにして運んだなんて思いたくない。彼女の冷血な本性を知った今でも、眼前の恐ろしい光景を信じたくなかった。
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