第46話
※
「恵流さんが……嘘だ、そんなこと」
淡々と語られる真実に、安路は
春明が読み聞かせてくれた一部分。恵流の犯した罪の記述からは、吐き気を催すような邪悪さが
「現実見る大事ですよ。ワタシと明日香さんの記述全部真実です。ですから、彼女も同じ真実考える普通でしょう」
主催者達がわざわざ印刷した告発本だ。犯した罪が詳細なのも合点がいく。
ありのままの事実こそ最大の効果。下手に嘘を記述すれば
わかっている、頭では理解出来ている。
だが、心がそれを拒んでいるのだ。必死に守ろうとした恵流が、自分の忌み嫌う悪に染まりし卑しい権力者だなんて認めたくない。
「恵流さんも、どうぞ釈明するいいですよ」
「き、記憶にないわ」
水を向けられた恵流だったが、ぷいと目を逸らす。その仕草だけで、全て本当なのだと物語っている。
「ノーコメントする、それ肯定と変わるないでしょう。政治家とても健忘症聞くますが、娘も似るするは日本の未来先行き不安ですね」
「うるさいわね、外国人の癖に! あんたには関係ない話でしょ。嫌ならさっさと国に帰りなさい!」
「まぁワタシ強制送還予定ですから、帰るするしかないですけど」
春明は意にも介さず
「私が悪いみたいな書き方しているけどね、全部悪意ある世論誘導、怒り憎しみが湧くよう仕向けられた本なのよ。“いじめ”の主犯だとか自殺
冷静沈着で芯のある子だと信じていたのに。聞くに堪えぬ自己保身の言い訳ばかり。今では影も形もない別人にすり替わっている。
心の奥底から「恵流は悪の権化」「救う価値のない命だ」と、どす黒い言葉がじわじわと湧き出てくる。深い場所に眠る誰かの声が、もう一人の自分が、「正義のために彼女を断罪しろ」と
確かに彼女の所業は徹頭徹尾許されない。周囲の大人達も揃って人間の
しかし、だからと言って、私刑で裁いてはいけない。それこそ守や春明と同類。殺し合いに手を貸してしまえば主催者達の思う
それに、彼女を殺したところで、一体何が残るのだろう。過去の罪は取り返しがつかないが、救えるはずの命を見捨てれば新たな罪が増えるだけ。「
自分勝手な
だが、たとえ見栄えの良い偽善に過ぎなくても、いかなる命でも救おうとすることこそ、真の正義だと思いたい。
「恵流さんが最低の人間だからって、殺していい理由にはならないはずですっ!」
内より込み上げる悪意を飲み込んで、安路は割れんばかりの声で叫んだ。
「もうやめましょう、瀬部さん。これ以上、僕達が争ったところで意味がない。ただ血が流れるだけじゃないですか」
構えたクロスボウはそのままに、改めて停戦を促そうとする。
お互い憎しみを押し付け合っても、その先にあるのは誰かの死。仕掛け人だけが得をする、命を奪う無益な遊戯でしかないのだ。
怒りや憎しみ。負の感情と決別し、気持ちを一つに脱出する。そして悪魔のような主催者達を打ち負かすのだ。それこそ本当の正義が成すべき道だと信じたい。
「とても聞こえる良いこと言うますね。でも、安路さんも人のこと、言えるないんじゃないですか?」
しかし、春明は一切聞く耳を持とうとしない。
「これ見るとあなたの罪、わかるですよ」
ぶんっ、と天井に向けて何かが投げられた。
放物線を描くそれは、各々の罪が
ほんの一瞬だが、安路の視線は本だけを捉えていた。すなわち、襲撃者たる春明から目を離したということ。
急いで前方を確認すると、黒い光が高速回転して迫っていた。
「うわっ!?」
それは戦闘再開の合図。
春明は手斧の刃をぎらつかせ、一気に肉薄してきた。
無我夢中でクロスボウの引き金を引く。しかし初体験で上手に撃てるはずなく、急所を外すつもりが、矢は春明の頭部へ直進する。
しまった、と全身の毛穴が開いた。
手違いで人を殺し、怠惰以外の罪状が加わってしまう。
思考が真っ暗闇になりかけたが
「油断大敵言うですね」
手斧が振り下ろされる。
防ぐ手段はただ一つ、矢を失ったクロスボウだけ。
無用の長物と化した銃身で斬撃を受け止める。がつり、と刃がボディに食い込むも、幸いへし折れず侵攻の手が止まる。
「使うやり方違うですよ。物ボケする楽しいですか?」
春明は右手に力を込めて、刃を更に押し進めようとする。
「ワタシ、まだあなた殺すたくない。死ぬない程度にぶつ切りして、ちょっと大人しいしてほしい。わかるますか?」
「わかりませんよ……!」
クロスボウがみしみし悲鳴を上げている。寿命はあと
これを失えば抵抗手段はゼロ。後はされるがまま。春明に
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