　その死に様は大爆笑のアカデミー賞ものだった。

　市内唯一の駅のプラットフォームにて。転校生は一糸纏（いっしまと）わぬ姿で奇声を上げ、電車に飛び込んだらしい。田舎の駅を素通りする快速電車だ。猛スピードの車体と正面衝突で粉微塵（こなみじん）。鮪（まぐろ）拾いの俗称通り、辺り一面角切りのような轢死体（れきしたい）まみれ。朝の通勤通学の時間帯で、多くの住民が鮮血滴る現場を目撃したとのこと。因（ちな）みに回収した遺体から、転校生は身籠（みご）もっていたことも判明。派手な堕胎（だたい）方法に、余計笑いがこみ上げる。

　恵流が提示した条件通り、エンターテインメント性に富んだ自殺を演出した。全裸奇声からのバラバラ死体。しかも小さな命も道連れという、不謹慎の連続コンボである。

「あはははっ。いやぁ、まさか本当に死ぬなんてね！」

　第一報を聞いた時は、はしたなく人前で笑い転げてしまった。

　こればかりは本当に想定外だった。救えない底辺なのは周知の事実だが、まさか馬鹿正直に自殺するとは。しかも条件通り、今際（いまわ）の際（きわ）で一世一代の恥まで晒してくれた。これまでの人生で一番の大笑いだ。腹筋に悪い。

　捨て身の仕返しがあるかも、と若干身構えていたのだが、最期の瞬間には言いなりだ。正しさを主張したくせに、結局立ち向かわず道化を演じて死ぬ。大層な口を利くだけの空っぽな人間。自殺を選択する、心が脆弱（ぜいじゃく）な女に過ぎなかったのだ。

　さて、こうして転校生は見事な最期を遂げたのだが、恵流は条件通り嘘の証言を撤回するのだろうか。否、庶民との口約束を守るはずがない。命の価値が違うのだから、果たす義務も責任もないのだ。

　よって、転校生の父親の疑いは晴れぬまま。娘の死を知り後を追うように自殺。という結末で、一連の事件は幕を閉じた。

　全てが恵流の掌（てのひら）の上。庶民には為（な）す術のない天災のようなもの。自由や平等など下らぬ権利は諦めて、貢（みつ）ぎ奉仕（ほうし）し崇（あが）め奉（たてまつ）るがいい。と、驕（おご）り高ぶっていたのだが、たった一つ見落としがあった。

“S県M市の闇！　権力者一家が牛耳（ぎゅうじ）る村社会に殺された一人の少女！”

　新年度が始まろうとしていた頃、そんな見出しが全国を駆け巡った。

　とある弱小出版社が売り出していたゴシップ誌。そこに掲載された記事は、一連の事件をほぼ脚色なく詳細を報じていた。更に一部はネット版として無料公開。SNSを通じて瞬く間に拡散されていった。

　何故、出版社はこの不祥事を嗅ぎつけたのか。その答えは、転校生の母親が大いに関係している。

　村十分の末に夫と娘の自殺というダブルパンチで、誰もが「そのうち自死を選ぶだろう」と気にも留めなかった。だが、母親は自身を奮い立たせ、単身街を抜け出し出版社に向かい、事の顛末（てんまつ）を洗いざらいぶち撒ける。転校生がそうだったように、育てた母親も不条理に屈しない芯の通った女性だったのだ。

『“いじめ”は立派な犯罪、裁かれないのは理不尽だ』

『自殺教唆（きょうさ）の疑いもあるから、もはや“いじめ”の領域を越えている』

『これが何かと話題な“上級国民”案件ってやつか』

『他の不祥事見る限り血筋絡みだし、凶悪な思考回路が遺伝しているだろ』

『法治国家の現代社会に、こんな陰湿で閉鎖的な土地があるなんて最悪』

　SNSのコメント欄は義憤に駆られた者達で溢れ返り、限られた情報から主犯格が漆原家の娘とすぐに特定。また、どこの誰が漏らしたのか、全校生徒の名簿と顔写真が流出。全員が“いじめ”に関わった実行犯として晒し上げられた。

　学校や市役所にも苦情の電話が殺到だ。直接乗り込む輩まで現れる始末。人として正しくあろうとする、正義を重んじる市井（しせい）の民が立ち上がったのだ。

　しかし、発端の出版社以外この件の報道に消極的だった。特に大手の新聞社やニュース番組は揃ってだんまり。芸能人の不倫や薬物所持など長々報じてお茶を濁（にご）していた。

　理由はこれまた簡単、漆原家が火消しに回ったからだ。

　太いパイプは地元だけではない。人脈は全国区の政治家にまで及んでいる。何せ漆原家が推しさえすれば、傘下の住民が組織票になるからだ。選挙のため便宜（べんぎ）を図りたい者も多く、汚い金の流れは蜜月（みつげつ）の関係と言えるだろう。

　漆原家からの依頼を受けた政治家は、これを一つの貸しとして、各種メディアに圧力をかける。「S県M市を槍玉（やりだま）に挙げる報道は好まない」と、一言釘（くぎ）を刺せば良いだけだ。視聴者からのクレームは袖（そで）にするが、スポンサーからのご意向は絶対遵守（じゅんしゅ）。そうしなければメディアは存続出来ないのだ。

　その結果が、「報道しない自由」という選択だった。地元メディアはその傾向が強く、むしろ「ゴシップ誌が面白おかしく記事にしただけ」「弱小出版社の言うことを真に受けるな」と、偏向どころか虚偽の報道。事実を知った一般人に、消化不良の義憤が燻（くすぶ）り続けることとなった。

「どうして私に罰があるのよ」

　とはいえ、全て無罪放免という訳にもいかない。

　“いじめ”と自殺が事実且（か）つネットリンチで実名が漏れた以上、相応の禊（みそ）ぎで溜飲を下げる必要がある。「反省しています」というポーズが免罪符になり、責められても「しつこい」「既に済んだ話」「過去より未来を見据えるべき」と反論出来るのだ。罰は釈然としないが、その利点は考慮するべきだろう。

「はいはい、転校すればいいのね」

　下された措置は、“いじめ”を主導した者と実行犯の転校だった。侮辱罪、傷害罪、強制性交等罪。それでも法律上は子供なので大目に見る。あくまでも学校内で起きた“いじめ”の一環なので実質治外法権。軽いお仕置き程度で済まされた。

　それでも恵流は意に満たない。

　自分は殆ど加害行為に及んでいない。あくまでも命令してだけ。多くは忖度の末、配下のクラスメイトが勝手にやったこと。指示を曲解して過激化したのなら「誤解を招く発言でした」と言えばおしまいのはず。もしくは「部下が勝手にやりました」で蜥蜴（とかげ）の尻尾切りだ。漆原家ならいつものことなのに、それが不可能とは唾棄（だき）したい気分だった。

　こうして彼女も処罰を余儀なくされたのだが、その傍若無人（ぼうじゃくぶじん）ぶりは一切変わらぬまま。何せ転校先は同じ市内なのだ。むしろ“いじめ”を武勇伝として語り、そちらの生徒達すら虐（しいた）げるのだった。

　反省する気は清々しいほどに皆無。する必要がわからない。

　先祖代々欲望の赴くまま権力を振り回し続けてきたのだ。死ぬまで我慢とは無縁で過ごさせてもらう。

　それこそ、漆原家に与えられた当然の権利なのだから。