第44話


 代わる代わるに犯されて、傷物にされる過程を撮影されて、全てが終わったのはとっぷり日が暮れる頃だった。

 気丈だった転校生は、見るも無残な姿を晒している。汚濁おだくにまみれ、殴られ踏まれて血がにじみ、光を失った瞳は虚空こくうを見つめているだけ。

 使用済みのボロ雑巾と化した転校生は、肢体したいを投げ出し浅く呼吸をしている。持ち前の正義感は汚されてしまい、すがままの放心状態だった。


「おい、やらせろよ転校生」

「い、嫌よ」

「あ? お前の恥ずかしい姿をばら撒いてもいいんだぜ?」


 一線を越えた男子達は、以降も度々転校生をおどし、性欲処理の道具にした。恵流の命令なしである。強者にへつらい、弱者をしいたげ自尊心を満たす。欲望のおもむくままに転校生を犯し続けた。

 輪姦りんかんの様子を収めた写真や映像は、学校中に広まり共有されてしまう。当事者以外もそれを出汁だしに、強姦を含めた“いじめ”に荷担かたんしていく。一部教師もデータをこっそり入手。挙げ句インターネットの海へ流出し、一生消えないデジタルタトゥーを刻み込んでいく。


 尊厳を踏みにじられ続けた転校生だが、それでも自身の正しさを貫こうとした。一本筋が通った心は折れない。弱冠じゃっかん中学二年生にして崇高すうこうな魂の持ち主だ。

 それが余計に恵流を苛立いらだたせた。

 いやしい庶民のくせに気高く立ち向かう転校生。これではまるで、自分の方が器の小さい悪者ではないか。これ以上陥落が長引けば、漆原家の沽券こけんに関わってくる。

 “いじめ”ても折れない、強姦しても折れない。

 では、一体何をすれば、彼女を屈服させられるのか。

 そこで恵流に名案が舞い降りる。

 彼女自身がタフなら、無防備な家族を狙えばいい。自分だけならまだしも、身内が狙われたらどうだろうか。大抵の人間ならすぐちる。デスゲームものでよく見る展開であり、祖父や父の仕事でもよくある戦法だった。


「実は私、お友達のお父さんに襲われたんです」


 転校生の父親に強姦されそうになった。

 市内の警察署に駆け込んだ恵流は、可哀想な議員の娘を演じて被害届を出した。

 十割嘘である。相手のアリバイと食い違い、狂言を疑われるだろう。

 だが、漆原家ならお茶の子さいさい。警察すら、都合の良いよう取り計らってくれる。証言に矛盾があるのなら、父親が不利になるよう書き換える。誰も漆原家を敵に回したくない。不正の一つや二つ、親やその前の代から平然と行われてきたのだ。

 あっという間に転校生の父親は逮捕された。

 支持者は「漆原家の娘に手を出した不届き者」「住民として恩を仇で返す裏切り行為」と、家族もろとも糾弾きゅうだんの嵐で責め立てる。息のかかった地元のテレビや新聞もこぞって報道し、恵流の言い分こそ真実であると刷り込んでいく。住民の大半が、情報を鵜呑うのみにする烏合うごうしゅう。これほど扱いやすい奴隷はいない。

 強姦被害に遭っているのは転校生のはずなのに。それを知らぬ者達に「強姦魔の娘」と罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせられる。なんと不幸で惨めだろう。だがそれは身から出た錆び。まったく、馬鹿な女だ。下らないプライドを掲げて刃向かった、愚かな自分を呪うがいい。

 そして、恵流の望み通り、転校生の心は遂に折れた。


「もう、やめて……。私の家族を巻き込まないで」


 年が明けてからしばらくして。

 底冷えする教室の中、転校生は乱れた着衣ですがりついてくる。今日もどこかで犯されていたのだろう。生臭い熱気が立ち上っている。その汚らわしさに恵流は顔をしかめ、膝蹴ひざげりを一発顔面に打ち込み払いのける。


「もう遅いわね。あーあ、早く謝っておけばよかったのに」

「お、お願いっ。は、裸土下座でも何でもする。だから……」


 鼻血を垂らしながら無様な懇願だ。思わず吹き出しそうになる。

 最初は裸土下座の予定だった。しかし、今更やっても面白味に欠ける。既に便器扱いの女だ。全裸も土下座もハードルが低過ぎる。


「私はどうなってもいいからっ。お父さんのことは嘘って、間違いだったって、正直に話してよ……」

「それって、私に“嘘ついてごめんなさい”しろって意味?」


 散々逆らったくせに、虫の良すぎるお願いだ。

 庶民と高貴な家系の価値が同等だと勘違いしている。何故こちらが譲歩じょうほしないといけないのか。と口をとがらせていたのだが、


「いいわ。ただし、条件があるわ」


 一つ、よからぬ案が湧いてきた。


「な、何をすればいいの!?」

「もし、、証言を撤回してもいいんだけど」


 我ながら名案だと自画自賛し、口元を三日月にしてほくそ笑む。


「それってどういう意味……」

、あなたのお父さんを許してあげるってこと」


 転校生の顔がみるみるうちに青ざめていく。寒さのせいではない。放たれた言葉の意味を理解し恐れおののいているからだ。

 直接的な単語は使わないが、要約すると「面白い死に方で自殺をしろ」という意味である。遠回しな言葉は漆原家の常套じょうとう手段だ。後々幾らでも言い逃れ可能。誤解した受け手が悪いのだと責任転嫁である。


「私が消えれば、本当に許してくれるの?」

「ええ、そうよ」


 自殺なんて出来るはずないだろう。

 “いじめ”で心身共に破壊され、言われるがままに短い生涯を終える。そんな惨めな一生、恵流は絶対に耐えられない。転校生も同じのはず。自分の命と父の名誉を天秤てんびんにかけて板挟みだ。そのうち「他のことにして下さい」と泣きついてくるに決まっている。せいぜいそれまでもだえ苦しむがいい。

 などとたかをくくっていたら、転校生はあっさり死んだ。

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