第43話


 転校生は折れなかった。

 彼女の行動力は凄まじく、その日の内にくだんの暴行について担任教師に相談した。明らかなる理不尽、我慢は被害者に損でしかない。

 もっとも、結果はなしのつぶて。反応は芳しくないどころか、逆に「あなたの勘違い」「転校早々問題を起こすな」と悪者扱いをされてしまう。

 漆原家の権力は学校全体に及んでおり、下っ端教員はおろか校長ですら頭が上がらない。当然教育委員会も買収済みで、もみ消されるのが関の山。誰もが自分可愛さに、一人の少女を人身御供ひとみごくうにする。まるでサスペンス映画の、古い因習に囚われた村社会のようだ。街全体が権力に汚染されている。

 それでも、転校生は自分を曲げない。筋の通らぬ身勝手が蔓延はびこるなんて許せない。今時珍しい、生粋きっすいの実直娘だった。

 しかし悲しいかな、世の中“正直者が馬鹿を見る”構造がまかり通っている。間違いを正そうにも、強大な力で闇にほうむる。風通しが悪く腐敗の行き届いた場所は、小さな正義一つではどうにもならぬ末期症状。一度更地さらちにしない限り、際限なく悪意を振り撒き続けていく。


「まったく、早く諦めればいいのに」


 翌日以降も、転校生に対する責め苦は続いた。

 世間一般で“いじめ”と呼ばれる犯罪行為だ。罪の意識を軽くするための、卑怯極まる魔法の言葉。しかし、それすらはばかられるような、苛烈かれつで下劣で陰湿な所業が繰り広げられる。

 無視や陰口程度は良心的。上靴は切り裂かれゴミ箱に、机には「死ね」「消えろ」と落書きまみれ。通りすがりに殴り飛ばされ、給食には硝子ガラス片が混入している。その他多数、挙げ出せばきりがない。

 侮辱、傷害、器物破損。どれもがれっきとした犯罪。だが、何故か学校内では犯罪にあたらない。“いじめ”という矮小わいしょうな言葉に纏められる。教育機関が社会のルールを守らず教えもしない有様。学校全体が止める努力をせず、あまつさえ被害者側に落ち度があると取り合わない。保身に走り、教育者の義務と誇りを投げ捨てている。

 圧倒的逆境だ。


「ねぇ、漆原さん。どうしてこんな酷いことをするの?」


 “いじめ”という名の犯罪が始まってから数ヶ月後。

 寒さが身に染みる午後。陽光が窓から差し込み、教室をだいだい一色に照らしている。

 転校生も我慢の限界。主犯格に面と向かって勝負に出る。

 勇敢だ。しかし、多勢に無勢。勝算は無に等しい。恵流の周囲は取り巻きの女子だけでなく、クラスメイトの男子達までずらりといる。


「酷いことぉ? 身に覚えがないんだけど」


 恵流はしらを切る。先祖代々受け継ぐ必殺の決まり文句だ。記憶にないのだから仕方がない。無駄な問答で相手を疲弊ひへいさせるも良し、悪いと認識していなかったと言い張るも良しだ。


「とぼけないで。全部あなたの差し金でしょ。親が議員さんだからって偉そうにして。私を責め立てるように命令したんだよね?」


 転校生は負けじと食い下がる。誰もが口に出せない禁忌タブーをズバズバ切り出していく。


「人聞きが悪いじゃない。私は何も言ってないんだけど? まぁでも、のかもだけど」


 恵流は言い訳を並べるが、明確な指示を出していないのは確かだ。漆原家の者が不快と感じたら断罪。それが暗黙の了解。忖度で周囲が勝手に“いじめ”を始めてしまった、というのが言い分である。

 要するに寝耳に水、自分に責任はないと言いたいのだ。


「じゃあ、どうしたらその人に許してもらえるのかな?」

「そうね。きっと全裸で土下座したら、んじゃない?」


 欲しいのは謝罪。

 漆原家に逆らったのだ。無知蒙昧むちもうまいさを悔いて忠誠を誓えば許してやる。立場を弁え反省しない限り、身も心も破壊し続けるだけなのだから。

 転校生もようやく理解したか。とえつに入ったのだが、


「私は謝らないよ。間違っているのは漆原さんの方。生まれの良さだけで胡座あぐらをかく人になんか、絶対に負けないんだから」


 ぬか喜びだった。

 転校生は堂々と宣戦布告する。攻略不可能な相手に対し、真正面から啖呵たんかを切ったのだ。

 ドラマのワンシーンなら、壮大な曲で感動を盛り上げる。そして、後々多くの賛同者を得て、反撃に転じるターニングポイントだろう。

 しかし、残念ながらこれは現実。都合の良い展開は皆無である。

 恵流の神経はぷっつり。派手にはち切れた。


「そう、わかったわ――あなたが度し難いほどに愚民だってね!」


 転校生の前髪を掴むと、そのまま床に引き倒す。顔面が叩きつけられて鼻が折れたらしい。鼻血がどっと噴き出している。西日と合わさり、床が朱色の海に輝いていた。


「あなたのお望み通り、“いじめ”は私の命令ってことに。その代わり、だから」

「て、手加減って、散々酷い目に遭わせたくせに」

「アレはお遊びでしょ。これから先はが待っているから」


 転校生の脇腹を軽く蹴り飛ばすと、呆然としている男子達に、鋭角な目尻を突き刺した。命令を下す眼差しだ。よからぬ展開を予期したのか、男子達は一斉に目を逸らしてしまう。


「あなた達、この馬鹿女を輪姦まわしなさい」


 だが、彼女に背けば明日は我が身。男子達の殆どが漆原家との繋がりの深い、地主や地方企業の子息達だ。逆らえば最後、一族や社員一同が路頭に迷いかねない。


「で、でもそれはちょっと、やり過ぎっていうか」

「ガチの犯罪じゃないですか。ヤバいですって」


 男子達も足踏みしてしまう。


「この期に及んで怖じ気づいているの? それとも私に指図するつもり?」

「いえ、そんな。滅相めっそうもないですっ」


 もっとも、彼女に睨まれてしまえばそれまで。

 小さな抵抗は我が身を滅ぼすだけ。強大な権力を前に、道徳心や倫理観など塵芥ちりあくたに等しい。それに、性行為に興味がないと言えば嘘になる。

 長い物には巻かれろ。

 自己を正当化し、罪の意識を軽くした男子達は、血に濡れうずくまる転校生に群がり、露出した下半身を用いて暴力を振るうのだった。

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