第42話


 人でなし政府の陰謀か、暇を持て余した神の悪戯いたずらか。

 日常が突如終わりを告げて、若者達が生死を賭けたゲームに巻き込まれる。

 現実では到底あり得ない、過酷極まる物語の展開に心かれた。

 漫画、アニメ、ゲーム、小説、映画。デスゲームを取り扱うなら選り好みせず、良作から駄作まで漁り続ける日々。

 もし自分が参加したなら、と妄想ノートをしたためることもあった。将来読み返せば、間違いなく黒歴史ノートとして焼却処分確定。現在は押し入れの奥にて、厳重に封印してある。

 だが、作品を見たり書いたりするだけでは満足出来なくなった。

 ひりつく感覚を現実でも味わいたい。

 そこで、配下の者やクラスメイトを巻き込み、サバイバルゲームを開催。会場は私有地の山だ。幾らでもあるので貸し切り可能。ペイント弾用エアガンも、インクが飛び出る玩具おもちゃのナイフも大量購入だ。漆原家の財力なら容易たやすい。市の予算を一族総出で着服しているおかげでもある。市民の血税で派手に豪遊出来るのだ。

 ルールはバトルロイヤル方式、最後の一人になるまで戦い続けるゲーム。各々ランダムに与えられた武器を用い、他のプレイヤーにインクでダメージを与える。恵流はいつも強力な武器を引き当てていたが、当然恣意しい的なくじ引き工作が故。漆原家の者にハズレが回るなど、たとえ遊びであってもならぬことなのだ。


 電動エアガンを手に、鬱蒼うっそうとした山中を駆け回る。田舎暮らしで鍛えられた肉体とデスゲーム知識を駆使し、次々とクラスメイトを撃破していく。

 やぶから顔を出した者は一撃で。華麗な射撃を見せた途端、腰巾着が手放しで褒め称えてくれる。

 倒した相手から玩具のナイフを奪い、背後から一刺し。気配を消して緑に溶け込む暗殺術だ。

 時には遠距離から不意打ちのヘッドショット。次々に血祭りならぬペイント祭りに上げていった。

 こうして、幾度も開催されたサバイバルゲーム。恵流はほぼ無敗の最強プレイヤーとして君臨した。無論、忖度そんたくである。クラスメイトの大半が手加減と演技。まるで接待ゴルフだ。当の本人は全く気付いていないのだが。


 デスゲームへの憧れを、サバイバルゲームに打ち込んで発散。日々の物足りなさも解消され、それなりの充実感を得ていた。

 しかし、転機は突然訪れるもの。

 中学二年生の夏の終わり。

 恵流のクラスに一人の転校生がやってきた。

 さらりとした髪をショートカットにした、快活そうな女の子。親の仕事の都合で引っ越して来たらしい。古い言い方をすれば転勤族。物怖じせず自己紹介する様子から、これまで多くの土地を回った経験がうかがえる。


「何、この子」


 一目見た時から気に入らなかった。

 純真無垢でけがれを知らぬ瞳か、それともやかましく元気過ぎる態度か。どれが原因か、恵流自身もわからない。かく、反りが合わないことだけは感覚でわかった。

 立場をわきまえさせる必要があるだろう。ストレスフリーな学校生活のため、早々に教育しなければ。

 ふつふつ湧き上がる黒い感情。

 爆発するのはそのすぐ後。掃除の時間だった。

 恵流の通う学校では、一日の終わりに生徒全員で校内を清掃する。集団で生活するため協力し合おう、という理屈だ。生徒として責任感を持って美化に努める決まりである。

 だが、恵流には担当の掃除場所がない。他の生徒に任せ、本人は高みの見物だ。漆原家の娘が掃除などあり得ない。「肉体労働は庶民が率先してやるべき」と両親も言っている。

 普通であれば納得いかない光景だが、クラスメイトは既に慣れてしまっている。文句を言っても不毛、尻の毛まで燃やされる。触らぬ神に祟りなし。誰もが黙々と掃除にじゅんじている。

 しかし、そんな馬鹿げたローカルルールを知らぬ者が一人。


「どうして、漆原さんは掃除をしないの?」


 転校してきたばかりの女子だ。


「はぁ?」

「確かほうき係だよね? みんなと一緒にやろうよ」


 彼女に盾突けばどうなるか、知らないからこそずけずけ言える。その勇気は、否、蛮勇ばんゆうは褒められない。地雷原を素足で踏み進むような愚行だ。


「あのね、私は漆原家の人間。庶民と同じ空気を吸うのだって譲歩じょうほしているの。掃除くらい、底辺だけで何とかしなさい」


 当然の返答である。

 この街の暗黙の了解を心得ぬとは。井の中のかわずである恵流は、怒りに青筋をぴくつかせてしまう。

 自分は上流階級なのだ。下々の民がえるな。居丈高いたけだかな眼差しで睨み付けるのだが、


「それっておかしくない?」


 転校生は全く怯まない。それどころか正面切っての反論だ。掃除中のクラスメイトがざわつき始める。


「人間ってみんな平等だと思うの。生まれの違いで格差とか、我儘わがままを言うのは違うんじゃないかな」

「何よ、この私に意見するの?」

「それにさ。庶民の生活とか決まりとか、知っておいた方がいいんじゃない? 議員さんになった後でも、きっと役に立つはずだよ。なんていうか、庶民目線で良い政治が出来る、みたいな? 説教臭い話だけど――」

「黙りなさい!」


 真っ直ぐで痛いほどの正論。

 恵流の足りない忍耐は、簡単に限界を越えてしまう。

 転校生を思い切り突き飛ばすと、周囲の取り巻きにアイコンタクトを送る。「何々をしろ」と詳細は伝えない。する必要がない。こちらの気持ちをみ取り、望み通りに行動してくれるのだから。


「あなた、恵流様に失礼よ!」

「恥を知れ!」


 箒やモップで執拗しつように打ちえる取り巻きの女子達。転校生は突然の暴力に訳もわからず、必死に身を丸めるしか術がない。

 殴られ放題の惨めな姿に、恵流は目を細めてせせら笑った。

 身の程を弁えず異を唱える方が悪いのだ。これにりたら余計なことを考えるな。黙って従え。

 きっとすぐ大人しくなるだろう。

 しかし、恵流の思惑は見事に外れる。

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