第五章:FAREWELL

第41話



 S県M市。

 四方を山と海に囲まれた自然豊かな地方都市。人口は十万人に満たず、高齢化率は五割を超える瀬戸際。特産品も観光名所も特になし。田舎とも都会とも言えない、どこにでもある平凡な街だ。

 漆原恵流の地元である。

 勝手知ったる土地で、彼女は伸び伸び何不自由なく暮らしてきた。

 というのも、漆原家は代々この街を仕切る有力者であり、一族の大半が市長や市議会議員を勤めた名家。市内の高齢者からは「恵流ちゃま」と呼ばれ、もてはやされ敬われ甘やかされてきた。故に自分は偉い、尊敬されている、と何一つ疑問に思わず、強い自己肯定感が養われたのだ。

 歴代の漆原家で、最も偉大な功績を残したのは祖父だ。先祖が築いた信頼を土台に市議会議員、それを足がかりに市長に就任した。当時から課題だった高齢化の対策に取り組み、高齢者への手厚い福祉をうたい財源を投入。おかげで長寿の街として注目された時期もある。お年寄りは国の宝、敬老精神こそが国を豊かにする。という方針を掲げていた分、きちんと期待に応えた訳だ。

 一方で、祖父の言動や市の方針は諸問題を生んだ。活動家だった経験もあり、その思考は過激で、反対勢力を徹底的に潰す傾向にあった。

 議会では、批判する議員に「貴様らの意見は聞くに値しない」、少子化対策について質問されれば「女性が社会進出したせいだから家庭に戻るべき」、と独断と偏見に満ちた暴言の嵐。良く言えば歯に衣着せぬ物言い、悪く言えば口汚く相手をののしる男だ。

 また、若年層の意見や文化に一切理解を示さず、頭ごなしに否定し規制する条例を押し通してきた。おかげで街を離れた若者は数知れず。高齢者優先の方針も相まり、過疎化と高齢化は加速の一途を辿る。それでも問題が表面化しなかったのは、漆原家に「ずっとお世話になったから」と盲目的な支持層が大多数で、残りは市政に期待も興味もない住民ばかりだったせいだ。むしろ、若年層が減ったおかげで、未来の希望を犠牲に、漆原家一強の統治は盤石なものになった。


 そんな仮初かりそめの基盤で信頼を集めた結果、鳴り物入りで市議会議員に選ばれたのが恵流の父だ。漆原家の者、偉大な市長の息子だから間違いない。だが、彼の仕事ぶりは、最悪と評価されてしかるべき有様だった。

 議会の場で虚偽発言は日常茶飯事。屁理屈へりくつを垂れ流して混乱を巻き起こす。用意された台本すらろくに読めず、読み間違いに噛み合わぬ質疑応答。不手際を指摘されると露骨に機嫌を悪くする。そのくせ「ゆとり世代は使い物にならない」と若年層を揶揄やゆする始末だ。流石さすがの市民も、議員の素質をいぶかしむようになった。

 それでも実績を作ろうと、市営バスの廃止に取り組んだ。財政難が故の苦渋の決断ではなく、地球温暖化対策で排気ガス削減のために議案を提出。「自然豊かな街を守りたい」「愛こそ街と地球を救う」と喧伝けんでんし、余分な車両を片っ端から削減。結果、交通手段のない高齢者が自家用車に乗り、排気ガスは増加し事故は頻発し、貴重な若者が続々巻き込まれて死亡。親戚を頼り引っ越す者もいれば、自宅で寝たきりになり孤独死する者もいた。当初の目的は達成出来ず、多方面に多大な迷惑と不利益をもたらした。ちなみに、自身は高級車を転がしており、市民を苦しめただけ。というのに、一部データを改竄かいざんしたり住民の声を自作自演したり。信頼を損ねる工作で誤魔化ごまかし続けた。


 では何故、市民は漆原家の横暴を批判しないのか。

 実のところ、過去に物申した住民もいたのだが、全員もれなく酷い目に遭った。度重なる嫌がらせで村八分ならぬ村十分。また、親族や傘下の者以外が立候補しても同様で、選択肢のない定員割れや実質無投票当選。先人達が見せしめとなり、批判の声はなくなったのである。

 漆原家を慕う者からの嫌がらせ。あるいは利権目当ての地主や地元企業からの圧力。市内全域に幅広いパイプを持つ漆原家に対し、周囲が忖度そんたくしてくれる。おかげで反論を聞く機会はなく、「市民は受け入れている」とし、自分達は一切間違っていないと自負している。

 こうして漆原家にとって住みやすい、支配する側にとって良いこと尽くめの土地が完成した。そんな街で暮らす令嬢が、どんな娘に成長するか想像に難くないだろう。


「ごきげんよう、みなさん」


 恵流は市内の公立中学校に通っていた。

 正直に言えば都会の一流私立学校が良かったのだが、「地元の方が何かと都合が良い」と言う家族の意向なので仕方ない。実際、漆原家と繋がりが強い学校の方が、成績表や内申書の改竄も容易である。使える特権はフル活用する方針なのだ。

 ハイソサエティな世界は高校生になってから。恵流は自分にそう言い聞かせ、我慢の学校生活を過ごしていた。


「恵流様、おかばんお持ちします」

「ええ、お願い」


 学校では常に四人の取り巻きがついている。入学式から一週間足らずで配下になった腰巾着だ。二年生では全員同じクラスなのだが、勿論もちろん奇跡や偶然ではない。学校側に編成の調整を依頼したのだ。漆原家の願いを断れるはずがない。

 教師達は完全に言いなりだった。テストの結果や授業態度がすこぶる悪くとも、成績表を自然な形で書き換えてくれる。彼女の機嫌を損ねれば人生が終焉しゅうえんを迎える。おかげで、教師からの叱責しっせきは全くなかった。

 ノンストレス、順風満帆じゅんぷうまんぱんな人生。

 それでも満たされない。心がぽっかり開いてナニカが足りない。

 その埋め合わせとして没頭したのが、デスゲームを主題にした作品達だった。

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