第40話

「――……免許を取得してから、トラック運転手として生計を立て始める。しかし、アルコールとギャンブルに傾倒し、給料は手にしたそばから溶けていく。就職した会社が、仕事の斡旋あっせんの手間賃として九割以上徴収する、搾取傾向の強い悪徳企業だったせいもあるだろう。無論、不満を持つ者も多かったが、声を上げる手段を持たず理不尽に身を任せてばかり。笛御織兵衛に至っては自堕落じだらくな生活。就労環境を改善する気は一切なかった。

 一番問題なのはアルコール依存症だった。日に数度飲まないと不安でたまらない。給料が底を突けば、消費者金融で借金してでも買うほどだ。仕事中でも隠れて飲む。完全な飲酒運転である。運転技術に絶対の自信があったらしい。チェックの甘い会社で、監督する者がいなかったのも大きいだろう。

 事故を起こしたのは六十歳の夏。その日も変わらず業務中に飲酒していた。

 暑さから発泡酒をがぶ飲みしたため、運転中に酔いが一気に回る。本人が運転に自信ありとうたっても、酩酊めいてい状態では無意味。トラックは下校中の小学生集団へと突っ込む。児童三名がほぼ即死、二名は障害が残る重傷を負う大事故を起こしてしまった。

 現行犯で逮捕された後、裁判では危険運転致死傷罪の適用を巡り激しい論争となった。飲酒で正常な判断が出来ないと知りつつ運転したのは、十分悪質と言えるのではないか。それが世間一般の見解だったが、笛御織兵衛は「アルコール依存症のせい」と自己を正当化。病気のせいで物事の善し悪しがわからなかった、という訳だ。児童の遺族達からは非難囂々ひなんごうごうである。

 しかし、判決は過失運転致死傷罪として懲役五年。彼の言い分が尊重されたのだ。事故発生時、自ら通報したおかげで、大目に見てもらえた面もある。また、事故の一因として会社にも問題ありと、大々的に報道されたのも大きい。人件費削減のためベテラン運転手を解雇し、質の悪い笛御織兵衛のような者を運転手にした。監督不行き届きが事故に繋がったとされ、会社や社員全員に誹謗中傷が雪崩なだれ込んだ。その一件から、社会的制裁が下ったと扱われ、減刑に傾いたのだ。

 ちなみにトラックはろくに車検しておらず、自動車保険はおろか自賠責保険すらない無保険車。被害者の補償が出来ないため、少額ながらも国が立て替えたのだが、笛御織兵衛はネットカフェ暮らしを良いことに償還しょうかんから逃げ続けている。返すアテもないため、被害者や遺族は踏んだり蹴ったり。いわゆる“逃げ得”状態である。

 生産性のない者が未来ある子供の命を奪う。

 到底許されないはずの事故は、あまりにも軽い裁きで幕引きとなった……――

 だそうで。なんとも酷い話ですね」


 まさか、織兵衛が罪のない子供を殺していたなんて。

 衝撃の事実に、安路は愕然がくぜんとしてしまう。だがその一方で、「当然の報いだ」と溜飲りゅういんを下げる、もう一人の自分がいる。

 事故を起こした者が事故で死ぬ。皮肉な最期だろう。亡くなった子供を思えばむしろ正解。のうのうと生きている方が正義に反する。自動車を凶器にすれば罪が軽く済む、その不条理に対する義憤ぎふんである。

 駄目だ、そんなことを考えては。

 安路は頭を激しく横に振り、内より湧き出る負の感情をかき消す。

 確かに織兵衛は人として最低なのかもしれない。だが、デスゲームにおいて彼も被害者だ。生きる価値の有無を他人が測って良い訳がない。

 

「それでも、殺し合うのが正解だなんて思えない! もし罪人だとしても、その分生きて、償い続けていくべきでしょう!?」

「本当に償うしていればいいですけどね」


 反論は冷淡に打ち消されてしまう。


「飲酒運転で事故した織兵衛さん、自分の子供を憎む殺すした玲美亜さん、少女を死ぬまで犯すして燃やすした守さん、嘘の罪で男いっぱい陥れるした明日香さん。みんな反省する見えましたか?」


 ついでのように、犠牲者達の罪が明かされていく。

 椅子に座らされた者達は皆、正義に反した行為に及んできたようだ。春明の言うように、彼らは本当に自身の罪を反省していただろうか。安路は答えに詰まってしまう。そのため、


「せ、瀬部さんこそ、どうなんですか? あなたは自分の罪を棚に上げて、一人だけ生き残ろうとしているじゃないですか。恵流さんみたいな、未来ある若者を犠牲にするのはいいんですか!?」


 苦し紛れに質問を質問で返した。

 春明の理屈では、改心しない罪人だから死ぬべき、という意味になる。では、そう言う本人はどうなのか。


「恵流さんに守る価値あると?」


 またも質問が飛んできた。

 手斧の刃先で恵流を指す春明は――気の毒そうな眼差しだ。


「だから、自分勝手に殺して良い命なんて――」

「安路さんは、あの女が何したか知ったいるですか?」

「それは、えっと」


 言われてみれば、彼女について殆ど知らない。デスゲーム作品が好きで、豊富な知識を有する女子高校生。それ以外のことはさっぱりだ。


「それなら教えるしてあげます」


 春明が罪状を記した本を捲る。悪戯いたずらっぽく、ねじ曲がった笑みを浮かべながら、ゆっくりと。


「や、やめなさい!」


 恵流の裏返った声が反響する。顔面蒼白で冷静さを欠いた面持ちだ。口元も小刻みに震えている。

 制止の言葉を気にも留めず、春明は目当てのページに辿り着く。本全体の内、後半部分に該当項目があるらしい。

 懇願したところで聞き入れてもらえない。その両手で刃がまたたく限り、丸腰の恵流は近づくことさえ命取り。指をくわえて見ているしかない。

 最悪の場合、手にしたクロスボウを用い、力尽くで止める手もあるだろう。が、失敗すれば後がない。それに、恵流の過去を知りたい自分もいる。彼女がどんな罪を犯し、デスゲームに強制参加させられたのか。多大な好奇心と正義感が抑えられない。

 結局、安路も動けぬまま。


「この女のとても酷い罪、全部話すしましょうか」


 ひた隠しにされてきた恵流の正体が、遂に明かされるのだった。

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