第39話


「瀬部さん、もうやめましょう!」


 クロスボウを両手で支え、停戦を訴える。春明は片手で扱っていたが、安路の筋力では無理。狙い通りに撃てるかもわからない。ハッタリに近いだろう。

 広いフードコートの中心。安路と恵流と春明が、それぞれ同程度の距離で三角形を描くように立っている。戦いを望む者と望まぬ者の睨み合い。一触即発だ。次の瞬間、誰かの命が奪われてもおかしくない。


「“やめる”ですか。何を?」

「殺し合いです! 僕達はこんなこと、したい訳じゃないんだ!」


 六人のむくろを踏み台にして最後の一人が生き残る。そんな最悪な展開は望んでいない。全員がデスゲームに巻き込まれた被害者。出来る限り多くの命を救うのが正しい選択のはずだ。


「あなたとワタシ、対等違うのに交渉する言うですか?」

「それは……――対等のつもりです」


 春明の指摘は御尤ごもっともだろう。

 力に差がある者同士で真っ当な交渉は成立しない。強者に有利な条件が通り、弱者は不平等な扱いを飲むのが常。人間の歴史がそれを証明している。圧倒的武力を前に、言論はひたすら無力だ。

 しかし、野生動物と同じ弱肉強食の世界は間違っている。人は生物の一種だが、同時に理性的つ文化的であるべきだ。全ての人間は生まれながらに平等のはず。

 だから、同じ人間として対等に交渉してみせる。


「確かに笛御さん、丹波さん、満茂さんは亡くなった。でもまだ引き返せるはずです。今からでも遅くない。力を合わせれば謎だって解ける。脱出方法だって見つかるかもしれない。刺してしまった申出さんだって、応急処置をすれば助かるかも――」

「皆さんの命、救う価値ある思うですか?」


 必死の訴えは、春明の言葉に遮られる。

 安路と恵流を交互に睨み、戦闘再開の機会を狙っているようだ。


「あ、当たり前です! どんな命だって生まれた意味があるはず。価値があるとかないとか、そんなの誰かに決められることじゃない!」

「いえ、現実見るです。今は理想のお花畑違う、決める人がいる場所ですよ」


 鎌を握る手で、春明は天井を指さす。そこには黒い長方形が生えている。監視カメラだ。主催者がデスゲームを見届けるために用意した物だろう。


「主催者は殺し合い望むするはずです。罪人に求めるそれだけでしょう」

「そんなはず……」


 反論したかったが、口をつぐむしかない。

 安路の罪は、病人故に役立たずの穀潰しであること。信じたくないが、もしそうだとすると、ここから抜け出す意味が果たしてあるのだろうか。


「それにワタシ達全員、許すされない経歴持つ罪人ですよ。恨むされる当然。みんな生き残る望むの少ないはずです」


 春明は警戒を解かぬまま、囚人服の下から一冊の本を取り出す。“あなたの隣にいる、罪を悔い改めぬ者達”という題名の、地味な本だ。

 それを見て、恵流がびくりと体を震わせる。恐怖を覚えるデザインでもないのに、何故過敏に反応したのだろうか。


成程なるほど、捨てるしたは君ですか」


 その答えに辿り着いたらしく、春明は鼻を鳴らしてにやついた。


「ほ、本がどうしたって言うんですか。書店に行けばいくらでもありますよ」

「コレは特別な本。主催者が刷るしたいさかいの火種です」


 不敵に笑うと、春明はページをぱらぱらめくっていく。


「ワタシ達全員の悪行、とても細かい書くあります。本を読むして罪を押すつけ合うさせたい、考えるしたでしょう」

「仮に、仮にですよ。その本が主催者お手製だとして、中身の情報が正しいとは限らないでしょう!?」


 人を拉致してデスゲームに強制参加させる連中なのだ。罠のために嘘を仕込むくらい朝飯前ではなかろうか。


「残念ですながら、正しい可能性とても高いです」


 だが、淡い期待は容易に粉砕されてしまう。


「ワタシの罪、明日香さんの罪、それに守さんも、全て本当のこと確認してます。ああ、そうです。最初死ぬ織兵衛も酷い人ですらしいよ」


 春明はページの中頃を開き、得意げに音読を始める。普段の片言な日本語とは違う流暢りゅうちょうな発音で、隠されし事実を暴露していく。

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