第38話



 “ガキメシ広場”。

 蕎麦そば屋、うどん屋、ラーメン屋、アイス屋の四店舗がのきを連ねる、施設内で最も広い場所である。

 到着した安路と恵流はすぐさま作業に取りかかる。

 広場内のテーブルや椅子はざっと十組分。椅子は子供用の物も合わせて四十脚以上あるだろう。一部を武器にしても使い切れない量だ。なので、それらを集めてバリケードを組み立てる。春明に対抗するため、こちらに有利な戦場を作り出すのだ。

 とはいえ、フードコートの入り口は全て通路に面している。門や扉の類いはなく、出入り自由の構造だ。塞ぎきれる広さではない。そのため、実際は隙間だらけのバリケード。侵入を邪魔出来れば御の字程度のクオリティだ。

 及第点の物が完成したタイミングで、ハーフタイムの終了が告げられる。

 足音が近づいてくる。

 春明がやってきたのだ。

 書店まで伸びる通路に人影はない。とすると自分達とは逆、時計回りでこちらに向かってきている。

 彼が所有している武器はバタフライナイフ、手斧、鎌、そして金属バットの四つ。どれもが接近戦で真価を発揮する物ばかりだ。距離を取れば出会い頭に瞬殺されることはないだろう。

 後ろで控える恵流に目配せすると、静かに後ずさりして通路より離れる。五十メートル程度の余裕がある。大丈夫だ。

 その認識が甘かった。

 現れた狩猟者の手には、生半可なまはんかな距離を飛び越える武器が握られていた。

 風を切り、何かが通過していく。

 細長い物体が目にも留まらぬ速さで飛び、恵流の背後の壁に突き刺さった。一呼吸遅れ、恵流のほほに描かれた赤い線より、つぅっと血の筋がしたたり落ちる。

 前方の春明に注意しつつ、恐る恐る振り返る。壁から生えているのは、羽がついた棒――クロスボウの矢だ。

 やられた。

 対策を立てている間に、春明も更なる武器を手に入れたのだ。

 ゲームセンターの景品、クロスボウ。この短時間でUFOキャッチャーをクリアしたとは思えない。大方、手斧か金属バットで叩き割り強奪したのだろう。正義に反する行為である。

 冷や汗がこめかみからあごへと伝っていく。

 近距離用の武器を想定してバリケードを用意したのに、相手がクロスボウでは効果半減。ただでさえ戦力差があるのに、遠距離からの狙撃にも対応しなくてはならないのだ。


「くっ」


 安路は唇を噛み、テーブルを構える。それとほぼ同時に、春明は肩からかけた矢筒より、一本矢を引き抜く。慣れない手つきながらもクロスボウに装填している。


「弱いくせして無理する戦う。とても体に悪い思うですよ」


 いつでも撃てるぞ、と照準をこちらに向けてくる。

 高速で飛来する矢を、テーブルを盾にしのぐしかない。だが、テーブルは木製で重量もある。両手で支えるのがやっとだ。長くは持っていられない。

 気を抜けば矢を放たれる。緊張からずっと防御姿勢を保つだが、春明はクロスボウを構えたまま。撃ってほしい訳ではないが、膠着こうちゃく状態で終わりが見えないのも辛い。腕がしびれてきて、ほんの少し盾を下げてしまい、慌てて上げ直した。その時、


「えっ」


 春明はバリケードを飛び越え、瞬く間に肉薄してきた。

 遠距離攻撃可能な武器があるのに。有利な状況を捨て、接近戦に持ち込むなんて。まさかバリケードが全く機能しないとは。

 様々な驚きと困惑がない交ぜになり、安路は身動き出来なくなる。それこそ春明の狙いだったのだろう。意表を突く戦法で一気に制圧する。武器に頼らずとも戦えるからこその選択だ。


「――ぐぶっ!?」


 右腕の肘鉄砲ひじてっぽうを食らい、空中で見事な一回転をし、床に胴体着陸。盾にするはずだったテーブルは、無力にもその場に落ちて役目を果たさず。

 無防備になった恵流目がけて手斧がきばく。が、振り下ろされる直前に恵流は突進。懐に入られたため、手斧は振れずクロスボウも射程圏外。このまま押し倒せば武器を奪えるかもしれない。


「残念、スイーツみたい甘い攻撃ですね」


 しかし、女子高校生の力では大男に敵わず。少しよろけた程度に留まっている。

 春明は挑発するように舌を出し、お返しとばかりに膝蹴ひざげりをお見舞いする。


「うげぇっ!?」


 屈強な膝は鳩尾みぞおちに食い込み、内臓は激しくシェイク。薄い唇の間から吐瀉物としゃぶつが噴出する。ゲームが始まりかれこれ六時間以上、拉致らちされてから計算すれば十数時間以上だろう。とっくに空っぽだった腹から出るのは、透き通った胃液だけだった。


「そろそろ女人禁制する時間ですから、早い消える良いですよ」


 嗚咽おえつを漏らし蹈鞴たたらを踏む恵流を撃ち抜こうと、春明がクロスボウの照準を合わせる。そこへ投げつけられるのは子供用の椅子。安路が投げたのだ。木製だが小ぶり、病弱な身でも取り回しは可能だ。

 椅子は見事に春明の頭に直撃。その衝撃でクロスボウと手斧がこぼれ落ちる。そこへ恵流のスライディングキック。蹴り飛ばされたクロスボウが床をカラカラ滑っていく。


「足癖悪い娘、とても良くないですね!」


 側頭部から血を滴らせながら、春明は手斧を拾い上げる。続けて腰に差した鎌を左手に持ち、変則的な二刀流を構える。

 眼前の恵流へと刹那せつなの斬撃が繰り出され、鎌が黒髪を切り裂く。しかし後方へ飛び退き辛くも回避。息つく暇もなく手斧が襲いかかるが、こちらも紙一重のジャンプ。ぶ厚い刃は床に裂傷を刻むだけ。恵流は華麗な身のこなしで、刃の連続攻撃をいなしていく。

 敵の注意が逸れている。

 チャンスは今だ、と安路は全速力のスタートダッシュ。


「まさか……っ!」


 手斧でテーブルをぎ払い、春明が迫り来る。割れて砕けた木板が、バタンバタンとけたたましく倒れていく。

 追いつかれたら終わり。だがそれより早く、安路は目的の場所に辿り着く。


「動かないで下さい!」


 床に転がるそれを拾い上げると、即座に追っ手へと向ける。

 恵流が蹴飛ばしたクロスボウだ。装填された矢は一本のみだが、武器のあるとなしでは大違い。命を奪う道具に忌避感を覚えるも、がけっぷちで贅沢は言っていられない。

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