第37話


「彼が犯罪に手を染めたのは、やむにやまれぬ事情があったからなんです」


 その一。人権を重んじる弁護士が味方についたこと。

 犯罪者はすべからく更生するべきであり、安易に刑を重くしてはならない。その信念の元、無茶な動機でも全面的に擁護する有名人。二人殺害したものの突発的な犯行故に悪質ではない。という弁護には、「殺人自体が悪質なのでは」「男児の強姦を許容するのか」と反論もあった。

 その二。外国人労働者つ劣悪な労働環境であったこと。

 日本語が不自由で都合良く搾取されていた。犯罪に至ったのは派遣労働を使い捨てにする悪徳企業、いては放置してきた日本社会に問題があるとされた。過酷な労働が同情を誘い、事件そのものより社会問題に論点がすり替えられた。

 その三。春明が性的マイノリティであり立場が弱かったこと。

 少数派の意見を尊重すべき、という市民運動が海外で盛んな時期で、日本国内でも話題になっていた。そのため「犯人を冷遇するな」「むしろ自分達を優遇しろ」と言い出し、打ち壊しをする過激派も現れて、処罰を重くしづらい空気が蔓延まんえんする一方だった。


「それに、彼の犯行は他者から影響を受けたものであり、全て本人の資質とするのはいささか疑問が残ります」


 加えて弁護士は、実にアクロバティックな言い訳を持ち出す。

 春明は無類のアニメ・漫画好きで、日本の文化に浸ったのも一因としたのだ。

 当時流行していたサスペンス系アニメでは、作中にガムテープを使用して窓硝子ガラスを割るシーンがあった。これを不法侵入の手口に活用しており、犯行動機の一つとなったと言える。

 一部地域で有害図書のとあるBLボーイズラブ漫画では、教師と児童による性行為描写があった。また「無理矢理性行為に及んでも、男同士なら愛がある」という台詞せりふがあり、これが春明の認識を歪めた可能性が高い。

 よってアニメ・漫画の影響で犯罪を犯したとし、減刑という寛大な判断をするよう弁護したのだ。

 無論、これには様々な反論があった。「犯行手口なら、報道番組の方が詳細でよっぽど危険のはず」「漫画内の台詞を現実と混同するのは、本人の精神に問題がある」「創作物が犯罪を誘発するという科学的根拠はなく、弁護士個人の感想に過ぎない」など、弁護士への誹謗中傷ひぼうちゅうしょうを含めて大混乱。

 一方で、アニメ・漫画文化を嫌う層は弁護士の意見を支持。犯罪・性的描写は徹底的に排除すべきと活動を始め、規制に抵抗する者達との間で表現の自由を巡る大論争に発展。事の発端となった事件に対する関心は薄れてしまった。

 なお、春明自身は、アニメ・漫画に一切興味なし。来日した理由は「楽して稼ぐため」であり、日本独自のサブカルチャーなどどうでもよかった。減刑が見込めると教えられたので、口裏を合わせただけである。

 そんな訳で、春明も被害者の一人という理屈がまかり通った結果、下された判決は懲役十五年。服役後は祖国へ強制送還される予定となっていた。


「もう少し、日本の生活したかったですが……」


 幼い男児を犯す喜びを知ってしまった。

 牢獄では、大人しい囚人の尻で何度か性欲処理を行ったが、あの愉悦ゆえつには到底敵わない。せめてあと一回、いや二回は入れたかった。

 しかし、祖国で子供を犯せば即刻死刑だ。治安の悪い国とはいえ、子供は将来を背負う者として重宝されている。性欲発散目的で使い物にならなくした、なんて発覚すれば、非合法組織だって許してくれない。

 故に十五年程度の罰で済んだのは僥倖ぎょうこうだ。子供を軽んじ、少年の性被害に甘い国でありがとう。と、歓喜に舞い上がったものだ。刑務所も企業で働いていた時より快適。これほど犯罪者に優しい国は他にないだろう。

 だが、どちらにしろ、至上の快楽は夢のまた夢。

 元々強制送還される予定であり、再び殺人を犯したので刑務所送り。

 もはや男児を味わえないのだ。


「いえ、そうとも限るないですね」


 ふと、これから殺す予定の男の体型が、脳裏をかすめた。

 朝多安路。彼は成人済みらしいが、その体型は少年に近く小柄で華奢きゃしゃ。最年少の恵流より少し大きい程度。罹患りかんする病気のせいか、入院生活で発育不良なのか。どちらにせよ、彼の体格は男児に近い。犯してみれば、案外似た味わいかもしれない。


「まずは試すしてみる、それが一番でしょう」


 何事も、やってみないとわからない。

 男児の美味しさだって、必要に駆られた結果知ったのだ。安路の使い心地も、犯してみないと評価しようがない。

 殺す前に、一発入れてみよう。

 まずは恵流を手早く始末して、その後じっくり堪能たんのうさせてもらうのだ。彼は体が弱く体力もない。刃向かう可能性もあるが、死なない程度に手足を切ってしまえば問題ない。

 犯すのが楽しみでよだれが止まらない。

 刑務所暮らしで爆発寸前の欲望を、この場で発散させてもらおう。

 春明はたかぶる性欲に身震いを一つして、ゲームセンターを後にするのだった。

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