第36話


「きゃああああっ!?」


 廊下の騒ぎで目を覚ました妻、更にその息子二人がぞろぞろ出てくる。

 死亡者一名、目撃者三名。

 もう隠しきれない。泥棒だけでは済まない段階に進んでしまったのだ。

 ごくり、とつばを飲み込むと、春明は覚悟を決める。


「し、死ぬたくないなら、静かに、す、するです!」


 金槌を振り上げ家族を脅す。

 声は上擦うわずり震えていた。

 何しろ初めての殺人である。

 祖国のおかげで死体は見慣れており、原形を留めぬ肉塊もよくある話。だが、己の手を汚したことはなかった。おかげで、一線を越えてしまった恐怖と高揚感で、脳内麻薬が止まらないのだ。


「騒ぐないなら、何もするないですよ……ふふ」


 三人共ガムテープでグルグル巻きに、口にも真一文字で封をする。妻は直前まで「救急車を呼んで」と夫の身を案じていたが無視。既に息はないので無意味だというのに。春明は嘲笑する。


「ご飯いっぱいあるですね。多いあって迷うます」


 豊富な食料に気分は高揚。もはや物音を気にしなくてよいので、派手に食事を楽しんだ。普段よりも温かい料理に、身も心も満たされる。


「ふぅ、よく食べるました」


 三大欲求の一つが解消されると、今度は別の欲求が湧いてくる。満腹中枢が刺激されて睡眠欲、となるのが一般的だろうが、この時の春明は違った。

 過酷な労働による疲労は極限まで達しており、生命の危険を感じさせるほど。おかげで股間が刺激されたけり狂っている。疲れ魔羅マラという現象だろう。湧き上がる性欲を発散したくてたまらなかった。


「でも、いい穴冷たいなってるですよね」


 それなのに、欲望をぶつける先がない。

 おあつらえ向きの旦那は殺してしまった。今となってはただのしかばね流石さすがの春明も死体性愛ネクロフィリアの趣味はない。死臭のする冷えた穴など使えるはずもなく。かといって、妻を犯すかといえば答えはノー。女に入れる方がおぞましい。男根だんこんが腐ってもげてしまう。

「あとは、子供の穴試すみるくらいか」


 残る候補は息子二人だけ。

 寝室に転がる兄弟。ガムテープを巻かれ、無音で泣き続ける尻穴があった。

 多くの男性を無理矢理抱いてきたのだが、子供を相手にするのは初めてである。一桁ひとけたの年頃は食べたことない。筋肉質な見た目が好みなので、鍛錬とは無縁の子供には食指が動かなかったのだ。

 とはいえ、選り好み出来る身分ではない。屍や女よりかは幾分マシだろう。

 あくまでも、性欲発散のための道具だ。と、自分に言い聞かせ、春明は反り返った剛直ごうちょくを露出させる。

 まずは兄の方から使ってみよう。


「おっ、おほっ。これはっ!?」


 肛門こうもんを抜けると、そこは桃源郷とうげんきょうだった。

 これまでの、どんな男よりも気持ち良い。食わず嫌いしてきた自分を殴りたくなるほどの逸品。運命的な出会いと言う他ないだろう。

 シチュエーションも最高だ。慟哭どうこくする母親。しかし、口を塞がれ、それすら出来ない無力感。次は自分の番かと、迫る恐怖に失禁する弟。理不尽な暴力が幸せな家庭を端微塵ぱみじんに粉砕する。その征服感がたまらなかった。


「ふふ。次はあなた、お尻向けるですよ?」


 兄の穴で二回果てたものの、まだ犯し足りない。

 なので弟の尻も使ってみる。

 こちらの穴でも二回果てるが、未だ収まる様子を見せず。兄の方をおかわりして、また弟に入れての繰り返し。底なしの性欲が落ち着いたのはあかつきの頃合いだった。


「そろそろ、帰るしないとですね」


 心ゆくまで食欲と性欲を満たした春明は、手早く身支度を整える。今日も朝早くから仕事が待っているのだ。急いで家まで戻らないと。

 去り際に、母親をしこたま金槌で殴打すると、春明は朝焼けの向こうへと逃げていった。

 その日の内に事件は発覚。

 “一家を襲った深夜の悲劇”。そんな見出しの速報が公共の電波に乗った。

 死亡者二名。夫の外傷は少なく、妻は滅多めった打ちにされていた。

 負傷者二名。兄弟の肛門こうもんは、どちらも無理な性交渉により断裂。人工肛門の施術を余儀なくされた。また、肉体以上に心の傷が大きく、親族すらも面会謝絶となった。

 では、逃走した春明はというと、意外にも中々お縄にならず。当初は怨恨えんこんの線で捜査していたからという説。警察の派閥争いで互いに足の引っ張り合いをして遅れたという説。その二つが有力ともっぱらの噂である。

 事件発生から二年後、春明はようやく逮捕された。

 容疑者の名前が“瀬部春明”のみの報道と本名の“バルア・セブ・ベルン”を付記した報道の二種類があり、それが別の論争を引き起こし紛糾ふんきゅうしたのだが割愛かつあい

 遂に裁かれる運びとなったのだが、ここで様々な要因が彼を助けた。

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