第31話
頭が痛い。
二日酔いとは違う、外部の刺激がもたらす痛みだ。
「……う」
「ここって、確か」
視界が段々と鮮明になっていく。
灰色だったのはコンクリート打ちっ放しの壁だ。心許ない小さな光が、冷たい室内をぼんやり照らす。周りにはぽつぽつと、錆びた椅子が備え付けられている。
ショッピングモールの中央に位置する部屋だ。
しかし、記憶にある景色と少し違う。椅子に座っている人が増えている。左隣の織兵衛は元からだが、更に一つ左隣には金髪の男、その正面には黒い長髪の女性がいた。守と玲美亜だ。
「え?」
そこで、この奇妙な状況に気付いた。
ここは、六人が椅子に座ることで門が開く、という最も重要な場所。そして今、自分が座っているのは、歪で冷え切った錆び色の椅子。腹部には金属製のベルトが巻きつき、椅子から抜け出せぬようがっちり固定されている。
まさか。
恐る恐るモニターに目を移すと、そこにあったはずの名前が更に三つ消えている。
上から
自分の名前が、ない。
椅子に座ったせいで“罪を悔い改めし者”としてカウントされてしまったのだ。
「目が覚めるですか、明日香さん」
本を閉じると、春明が
「ねぇ、守は倒した……んだよね?」
「ご覧の通りですよ。ホルモンミンチ一人前出来ました」
春明が指さす先、明日香の二つ隣に座る死体は、解体途中の豚のような見た目だ。何度も斬られた腹は
「守の生命力、とてもゴキブリ近いでした。おかげで殺す時間かかり過ぎるましたよ。それにここまで運ぶ大変で。ずっと寝るしたままの明日香さんが凄いです」
襲い来る守を逆に殺し返し、玲美亜と一緒に錆び色の椅子に座らせた。既にあった織兵衛を合わせて死体は三つ。それはいい。
問題なのは、何故生きている自分まで椅子に縛られているか、である。
「どうしてあたしを座らせたのよ!?」
「それは、気絶しているとても丁度よかったので」
「理由になってないわよ! いいからベルトを外しなさい!」
締まったベルトはびくともしない。継ぎ接ぎの椅子は頑丈で、多少
「諦めるいいですよ。神様にお祈りするしてみては?」
「ふざけないでっ! どうしてあたしがこんな目に遭わないといけないのよ!」
「罪を犯した、みんなそれが理由違いますか?」
「一緒にしないでよ、あたしは別に……」
と言いかけて、口を
冤罪事件を引き起こした元凶という意味では、罪人と言えなくもない。
「明日香さんは、政治家殺す
「ええそうね、あたしは……――は?」
生返事で肯定してから、身に覚えのない罪状に
何の話をしているのだ。
それこそ濡れ衣ではないか。
大体、人の過去を知ったような口調で、一体何様のつもりなのか。
「この本に全て書いてあるますよ。明日香さんが悪いしてきたいっぱいの罪が」
ずい、と一冊の本を突き出される。その題名は“あなたの隣にいる、罪を悔い改めぬ者達”。表紙に目立った絵や写真のない、簡素極まる平凡な書籍だ。
春明はページを
「――……こうして、哀れな罪なき高校生達は、門限を破った言い訳のためだけに、強姦魔という汚名を着せられてしまったのだ。
しかし、申出明日香の暴走は止まらない。
彼女は裁判後も援助交際を続けていた。ただし、これまでと違う点が一つ。相手男性の外見が気に入らないと「売春は犯罪だ」「勤務先に告げ口してやる」と
しかし二○××年、七月十五日。事件は起きた。
その日の援助交際相手は、頭の
ラブホテルに到着すると、中年男性に対して入浴を促し、その隙に彼の荷物を物色した。財布の中身は勿論のこと、名刺や免許証など個人や勤め先を特定出来る物が欲しい。この場限りではなく、後々何度も
だが、漁り始めてすぐ、中年男性がバスルームから出てきた。その理由は不明だが、とにかく二人は
盗みの現場を見られた申出明日香は、手近な灰皿で頭部を殴りつけ、一目散にラブホテルから逃走。当然ホテル従業員の通報で事件は発覚。逃げ出す姿が監視カメラに映っていたためすぐ逮捕。殴られた中年男性は病院に搬送されるも、数時間後に死亡が確認された。
人を殴り倒したので暴行、そして殺人罪の容疑がかかるはず。しかし彼女に適用されたのは売春の罪のみ。しかも補導処分として矯正施設行きだけで済み、わずか一年で社会復帰したのだ。
何故、申出明日香の罪が不問に処されたのか。その理由は、中年男性の社会的地位が大いに関係している。
なんと、被害者は国会議員だったのだ。無類の女好きとして有名で、度々「若い娘と遊びたくなるのは男の本能」「未成年でも性的に成熟しているなら合法」などの失言をしており、実際未成年との売春に及んでいた。
所属政党としては、この事実が表沙汰になれば党の汚点で選挙に影響するとして、事件を念入りに
独身男性は無実を訴えるも、近所からは「不気味な人」扱いで
らしいですよ」
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