第27話


「武器二つとかずるいじゃねーか」

「二刀流ですよ。宮本武蔵みやもとむさしの侍気分、悪いしないですね」


 バタフライナイフと鎌。刃の形状もリーチも違う変則的な二刀流だ。

 対する守は金属バットのみ。春明の方が有利と言えるだろう。一気に勝負を決められそうだ。

 しかし、彼は中々攻めようとしない。じりじり睨み合うばかりでじれったい。


「調子に乗ンなや、この外人が!」


 そうこうしているうちに、守の方が先手を仕掛けてくる。

 ぶん、と大ぶりのスイングに、春明は軽快なバックステップを踏んで回避する。


「きゃあっ!?」


 明日香は身を縮め、そそくさと戦場から抜け出そうとする。

 しかし、縦横無尽に振られる金属バットが恐ろしい。足を挫いているので素早く動けない。春明から離れる方がよほど危険だろう。


「ダンスのエスコートします。ワタシに任せる良いですよ」

「そ、そうだよね」


 これまた気取った言い方をするが、「後ろに隠れていろ」と男気溢れる姿を見せてくれる。下手に離脱するのはやめておこう。

 先程まで逃げ回るばかりだったのに。今では彼のたくましい背中が眩しく映る。

 やはり、彼をボディガードに選んだのは正解だった。


「はっ。女を庇ってどこまで戦えるってンだ!」


 頭頂を砕こうと襲いかかる金属バットを前に、春明は鎌の切っ先で受け止める――のではなく、力をいなして受け流す。

 真っ向勝負をすれば刃こぼれ、最悪へし折れてしまう。スマートな春明がそんなミスをするはずない。

 金属バットの上を滑り火花を散らし、鎌の刃が守の左腕を捉えた。


「――ってぇっ!?」


 作業服の袖が一文字に破れ、その下の肌にも同型の赤い線が描かれる。

 傷口から赤いしずくこぼれ落ちては作業服に染み込んでいく。


「よくもオレの腕を!」

「あなた、ワタシ達殺しに来るした。なのに、やられる返される覚悟ないですか?」

「うるせぇ。日本語下手くそで何言ってンだかわかンねーんだよっ!」


 馬鹿の一つ覚えか、守は金属バットを滅茶苦茶に振り回す。勢いだけの単純な攻撃だ。春明は余裕のステップでひょいひょいかわしていく。

 本人が「ダンスの時間」と言った通り、まるで踊っているかのようだ。力尽くの守とは比べものにならない精彩を放っている。


「ぐっ、この、ちょこまかと、うざってーなクソがっ!」

「ワタシ止める出来ないか? それ、あなたが弱いだけ違うないか?」


 汗を垂らして必死に攻撃を続ける守に対し、涼しげな上に片言言葉で煽る余裕もある春明。その力量差は火を見るより明らかだ。かたや中年太り、かたや筋骨隆々。鍛え方が違う。

 否、それだけではない。


「ワタシの国では生きる殺す、毎日お茶とご飯食べると変わらないです。あなたと似るしている人、たくさんいますですから」

「だから何だってンだ!?」

「安全ない国はいつも争いする命も軽い。ワタシとても慣れるしました」


 二人の生きてきた環境自体が大違いなのだ。

 日本で平和に暮らしてきた守、外国で生死の綱渡りをしてきた春明。その差は一朝一夕いっちょういっせきでは埋められない。命のやり取りに対する感覚、そればかりはどうしようもない。


「舐めンじゃねーぞっ!」

「弱い日本人がワタシに勝つ出来る道理ないですよ」


 優雅なステップで回避しながらも、的確に刃を刻みつけていく。鎌、ナイフ、また鎌。目映い銀色と鈍い鉄色くろがねいろが交互に閃き、作業服を赤黒く染め上げる。

 決定打にならないが、じわじわ確実に体力を削ぎ落としていく。このままなら、いずれ守は力尽きるだろう。


「きゃっ」


 明日香の背中がどん、と衝撃を受ける。壁だ。

 攻撃をさばき後ろへ逃げ続けたせいで、いつの間にか衣料品店の隅。ランジェリーコーナーの一角に追い詰められていたのだ。

 これ以上後ろに下がれない。逃げられない。


「ははっ。どうやら勝てる道理ってやつが回ってきたみてーだぜ?」


 すばしっこい相手を追い詰めた。まさに袋のねずみ

 やっと殺せると、楽しみで仕方ないのだろう。

 ふざけるな、守なんかに殺されてたまるか。

 春明はどうするつもりなのだ。自慢のステップも角に追い立てられて無用の長物。真の力を発揮出来ない。今度は力押しで対抗するのだろうか。

 どんな手を使ってでもいい、自分を守ってほしい。

 明日香は祈りを込めて、ごくりと固唾を呑む。


「オラッ、逃げてみやがれっ!」


 高く掲げられた金属バットが、力一杯振り下ろされる。

 ナイフと鎌のか細い刃では到底受け止められない。


「えっ」


 太い手が肩に回されたかと思うと、ぐいっと前へ引っ張られる。視界に拡がる景色が、春明の背から金属バットになっていた。

 気付けば、自分と春明の立ち位置が入れ替わっている。明日香がボディガードを庇うように立っているのだ。

 どうして前に出ているのだろう。

 春明の後ろにいないといけないのに。

 まるで自分が身代わりにさせられたみたいじゃないか。

 ――ゴヅッ。

 その答えを知るより早く、金属バットが明日香のひたいを打ち据えた。

 頭蓋骨ずがいこつを伝って響く激突音と同時に、視界いっぱい星が飛び交い、明日香の意識は新月の夜のようにブラックアウトした。

 

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