第26話
※
“書天堂”の正反対、フードコート方面より
守が本格的に動き始めた。狙われたのは若年層コンビの安路と恵流。どうやら応戦しているらしい。
「もう、どうして男ってこうなのよぉ」
レジカウンターに身を隠し、明日香は溜息のように呟く。
「ワタシも男、同類扱いですか?」
「は、春明さんは特別ですよぉ」
しまった、失言だった。慌てて訂正する。
色気を武器に男の力を借りているのだ。不機嫌にさせてはいけない。
豚もおだてりゃ木に登る、男もおだてりゃ身を挺する。
生き残るためにもうまく立ち回らないと。
「風向き変わるしたみたいですよ」
「うわっ、マジ!? こっちに来てるじゃん」
店舗外の様子を
恐らく守の勝利で終わるだろう。
頭を引っ込め、嵐が過ぎ去るのを待とうとした。
直後、安路と恵流が書店に転がり込んできた。
何故こっちに来る。
盛大にクレームを入れたくなった。争いに巻き込まないでほしい。
内なる文句も虚しく、追跡者の守も荒々しく入店。距離は残り僅か、金属バットが届く範囲まで迫っている。
だが、恵流は
「ぷっ」
思わず吹き出してしまった。
本を粗末に扱った罰だろう。暴力に対する知力の反抗なのかもしれない。
「あン、誰だ笑ったのは?」
しかし、不意打ちの面白味が逆境を呼び込んでしまう。
デスゲームで笑いは
明日香は「やらかした」と、自身の口を押さえてみるみる青ざめていく。
「いるんだろ、オイ」
「……っ」
「オレを笑いやがった奴、早く出てこいっつってンだろーが」
「……っ」
笑い声の主を探し、守は本棚の隙間を確認していく。獲物を探す眼光は段々と、明日香と春明が身を隠すレジカウンターへ迫ってくる。
大丈夫だ、見つからないはず。たとえ目に映ったとしても、暗所で闇に溶けて判別出来ないだろう。案ずることはない。
「あー、そこにいンのは明日香だな」
だが、守はピンポイントで名指ししてきた。
「地雷系だか量産型だか知らねーけど、目立つンだよその髪の毛」
守がホームラン予告のように金属バットを構える。その先端は真っ直ぐ明日香を、レジカウンターからはみ出たピンク色を指し示していた。
――ゴシャッ。
金属バットが台を粉砕し、木の破片がぱっと散る。
明日香の脳天を狙った一撃だったが寸前で回避。脇目も振らずレジカウンターから抜け出し、慌てて退店する。
「戦場で笑ういけないです。自殺する考えるならワタシ嫌ですよ」
先に逃げ出していた春明が苦言を呈してくる。
「うっさいわね、あたしだって無意識だったのよ!」
酷い失態だと自覚はしている。
だが、女性の失敗をカバーするのが男の、春明の役目ではないか。
「待、て、や、ゴルゥアッ!」
振り返ると、書店の入り口より、守がスライディングで飛び出してくる。
どんどん距離を詰められていく。猛獣がすぐそこまでやってきている。
中年とはいえ肉体労働者、脚力に自信があるようだ。対する明日香の体力は一般人並、しかもハイヒールのパンプスで走りづらい。
春明が急に左折。直角に“Gene Do”へと入店だ。明日香もそれに
書店と同等の広さを誇る衣料品店には、ハンガーラックがずらりと並んでいる。その高さは百三十センチメートル程度。身を隠すには丁度良く、バリケードとしての役目も果たしてくれそうだ。
服が絡みつくので、不用意に金属バットを振り回せない。いくら
「ウルァアッ!」
だが、あくまでそれは、明日香の思う脳味噌筋肉の思考である。本物とはかけ離れている。
守は無心でフルスイング。ハンガーラックを次々
「ちょっと春明、あの馬鹿の相手してよ!」
「斧貸すしてくれるなら、ワルツかジルバ踊るしても良いですけど?」
「はぁ!? 嫌よ、これがないとあたし無防備じゃん!」
気取ったB級洋画みたいな台詞を吐いて。こちらはか弱い女子なのだ。武器を手放せとは無責任なことを言う。
と、逃げてばかりの春明に
「ひゃっ!?」
明日香は
痛い。左の足首がズキズキする。ハイヒールで走ったせいで
「いつつ……っ」
痛みに顔を
血だ。飛び散った血。その中心には玲美亜だった肉塊が転がっていた。
ごつり、と背後で足音が止まる。
守が真後ろにいる。
風切り音。
嫌だ。あんな風になりたくない。死にたくない。
あとはもう反射だった。
明日香は右斜め前方へ、ハンガーラックを押し倒し、
「はぁ、はぁ」
肩で息をする、鼓動の早鐘が収まらない。
少しでもタイミングが遅れていたら、明日香は玲美亜の二の舞。手足のへし折れた血まみれマネキンになっていただろう。
――ひやり。
服に埋もれた指先に、鋭い冷たさが突き刺さった。
明日香は咄嗟に服を振り払い、その物体に驚き、「ひっ」と小さな悲鳴を漏らしてしまう。
何故、こんな物が服の中に。
理由も理屈もわからない。
だが、確かにそれは存在する。
「ほら、これあげるから、戦ってよ春明!」
服の中にあった物――一本の
降って湧いた武器なら抵抗はない。それに足を挫いた以上、守から逃げ続けるのは無理がある。ならば春明に戦ってもらうのが一番のはず。
そんな打算から、明日香は鎌を譲った。
春明はものの数秒で決心。臨戦態勢に入り、受け取った鎌は左手に、右手でバタフライナイフをはためかせた。
「これでダンスの時間始める出来ますね」
余談ではあるが、危機に応じて出現したこの鎌、奇跡でも何でもなく、単なる偶然で出てきた物である。
明日香が押し倒したハンガーラックには、白か黒のTシャツばかり掛けられていた。だが、その中に二着だけ赤いTシャツが紛れていた。その二着の間に鎌が挟まっていたのだ。
もっとも、この場にいる三人とも、その事実に気付いていないのだが。
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