第25話
「ははっ、逃げンじゃねーぞぉ?」
守はへらへら、どちらを先に仕留めるか
確実に
残された選択肢は、戦うか逃げるか。普通の女子高校生なら逃げる一択だろうが、今の恵流にはこの状況をひっくり返せる切り札がある。
あるにはある、のだが。
使いたくない。
制服のスカート、その内側にある秘密のポケット。そこに隠した切り札は
どうするべきなのか。
書店の新刊本コーナーに平積みされていた本。派手なポップで宣伝されたそれの下に潜んでいた物。それこそが恵流の切り札だ。殺し合いに駆り立てるための武器の一つ。隠しアイテムである。
コレを用いれば、守の撃退など
極限の状況下、迷いが生じて決断出来ない。
目の前の危機を回避するために切り札を失うか、切り札を
どちらも選びたくなかった。
「くたばれや、オラァッ!」
だが、守は待ってくれない。
眼前で振り上げられる金属バット。通路の照明を反射し鈍く輝く
避けないと。
金属バットの攻撃範囲から脱しようとして、ガツッと体が小さく揺れた。ローファーの
振り下ろされる金属バット。
しまった、間に合わない。
すぐに立ち上がらなくては。
ばっと顔を上げる恵流。その目に映ったのは、背中を殴打されて苦しむ安路の姿だった。
自分を押し倒し、身を
「はは、ひょろい割に男気あンじゃねーか」
動けぬ安路を見下ろす守は、勇敢な行動を称賛するも慈悲はない。追撃で息の根を止めようと、金属バットを天高く掲げる。
「はぁっ!」
恵流は身を起こすと床に手をつき、守の腹部めがけて突き上げるよう、全力の両足蹴りを叩き込む。ドロップキックだ。
ぐにゃり。
中年太りの腹に
「ぐぉっ、げぇぇぇっ!」
守は込み上げる吐き気を我慢出来ず、その場にうずくまる。びちゃびちゃと水音が聞こえる。胃の内容物が逆流したのだろう。渾身の蹴りは
今のうちだ。
負傷した安路を抱き起こすと肩に手を回し、即座にその場から逃げ出す。まるで二人三脚だ。ペアの相手は怪我人なので早歩き程度の速さ。これではすぐに追いつかれてしまうだろう。
「このクソアマがぁっ!」
もたつく間に守が復活する。口元の胃液を
距離にしておよそ五十メートル。
歯科医院やトイレに逃げ込んでも無意味。隠れる間もなく金属バットの
そこで恵流は、通路の先にある書店へと駆け込んだ。
本棚が並ぶ入り組んだ内装なので、うまく立ち回れば追っ手を
「逃げンなや、待ちやがれ!」
恵流が入店した二、三秒後。守も鬼気迫る形相で飛び込んでくる。
両者の距離、残り一メートル。いつ
その時、
しかし、守は怯まない。
その場しのぎを気にも留めず、本を踏みにじり、そしてずっこけた。ビニールに包まれた漫画本は滑りやすく、裸の文庫本は簡単にカバーが外れる。踏めば転ぶのは必然である。
守が後頭部の痛みでのたうち回っている。その間に、恵流は一心不乱に書店の奥へと突き進む。
身を隠す絶好のチャンスだ。
店内の最奥部にある
未成年が入るのはいかがなものか。お
と、内心毒づきながら、恵流はピンク色の背表紙が並ぶ本棚を
「うぐっ」
床に降ろすと安路が小さく
ひとまず身を隠せた。だが、店舗は狭い。じきに見つかってしまうだろう。そもそも施設全体が密室だ。いつまでも逃げ回れるはずがない。
やはり、切り札を使うしかないのか。
確かに一番わかりやすく、逆境をひっくり返すには十分な手段だ。
しかし、使えばそれまで。切り札は手札に抱えているからこそ心強いのだ。
非力な女子高校生が生き残るためにも隠し通さなければ。
息を殺し、内心溜息をつく。
勝手知ったる地元なら何もかもうまくいくのに。デスゲームというフィールドでは弱い参加者の一人に過ぎない。
遊びや創作物とは全く違う、本当の命懸けのゲーム。
恵流は自身の非力さを痛感し、唇を強く噛みしめるのだった。
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