第24話



 “ガキメシ広場”。

 ここは所謂いわゆるフードコート。四つの店舗と持ち運びが容易なテーブルや椅子が並ぶ簡素なスペース。田舎いなかのショッピングモールなら上出来だろう。恵流の主観でも満足に値する規模である。

 広場の中央にはウォーターサーバーが一台設置されている。紙コップでレバーを押して水を注ぎ込む仕組みだ。タンクは透明で内容量が一目でわかる。まだ誰も飲んでいないらしく満タン。恵流が最初の利用者だ。


「本当に飲んで大丈夫?」


 安路が心配そうにしている。毒が混入しているかも、と危惧しているのだろう。

 あり得ない、とは言い切れない。

 これまで読破したデスゲームを題材にした作品でも、飲食物に毒薬を混ぜるシチュエーションは多々あった。しかし、それは他のプレイヤーによる攻撃手段だ。主催者側が用意した罠ではない。食料を置かず短期決戦を促しつつ、必要な水分だけは残しておく。これは参加者をアクティブに動かすための配慮のはず。それに、毒が怖くて飲まず、結果脱水症状で死にました、では笑い話にもならない。

 そのため、恵流は躊躇ちゅうちょなくコップをあおる。

 渇いた喉を通過する冷水が清々しい。

 味は特にない。普通の水だ。

 体調にこれといった変化もない。少なくとも即効性の毒はなさそうだ。


「安路は体が弱いんだから、水分補給はこまめにした方がいいでしょ?」


 わざわざ毒味役をしてあげたのだ。感謝してもらいたい。

 だが、安路は一抹の不安が残っているらしく、唇を固く結んだままだ。


「ほら、使いなさい」


 使用済みの紙コップを潰してゴミ箱に放り込み、新しい物を無理矢理手渡す。早く飲め、と言外に伝える。

 安路はしばら逡巡しゅんじゅんするも、やがて意を決し、水を注ぎ始めた。

 年上なのに手のかかる男だ。

 しかし、見捨てられない。彼を失う損失は大きい。

 デスゲームで生き残るのに最も必要なのは頭脳。だが、恵流はまだ高校生。いくら知能が高くとも、知識と経験が圧倒的に足りない。そのため、聡明な彼をそばに置いておきたいのだ。


「そうだ。ずっと引っ掛かっていたことなんだけど――」


 水を飲み干した安路は、頭をきながら切り出してくる。癖なのだろう、おかげで髪の毛は乱れてジャングルになる一方だ。顔立ちは良いのに身だしなみは残念である。


「――選ばれた生き物が、おかしいんじゃないかって」


 安路が掲げる左手の手錠、そこからぶら下がるのはおおかみのフィギュアだ。一方の恵流は蝙蝠こうもりのフィギュア。参加者に割り当てられた生き物だ。元になったのは“七つの大罪”を象徴する生物。その中でも特に有毒有害な種類のため、“蠱毒こどく”を模している可能性もある。


「僕のが妙なんだよね」

「狼が?」

「僕が憤怒の担当ってのが、どうも腑に落ちないんだ」


 狼が司るのは憤怒、安路のイメージとは真逆。恵流の蝙蝠は傲慢なので当たらずとも遠からずだが、彼からすれば首を傾げるチョイスなのだろう。


「むしろ笛御さんに割り当てられた、蝸牛かたつむりの方がお似合いのはず」


 蝸牛の意味は怠惰。病院暮らしで迷惑をかけ続ける穀潰し、と捉えるのならぴったりだろう。


「だからこの狼には、何か別の意味があるんじゃないかって」

「あり得なくはない、かもね」


 可能性はある、と言えばあるだろう。


「でも、あまり深く考えない方がいいわ。それよりも、有益なヒントに集中しなさい。まずは脱出方法をメインに考えましょう」


 気にし過ぎるのも問題だ。

 重要なのは謎を解き明かすことではなく、いかにしてこの密室から抜け出すか。主催者が用意した小道具の背景を逐一推測してはキリがない。


「そうだね。恵流さんの言う通りかも」


 こちらの意図を察し、安路は思考を切り替えたらしい。フードコートの隅を回り、脱出のヒントを探り始めている。

 命あっての物種だ、生き残る方法を優先してもらいたい。

 それに恵流は、“七つの大罪”や“蠱毒”、“六道”がデスゲームに絡む説に懐疑かいぎ的だ。これら三つの要素はデスゲームと無関係なのでは、という予感がしてならない。

 デスゲーム系の作品では、特定のテーマに沿った会場やルールは星の数あった。しかし、それらは基本的に単体。和洋中、三つの要素を混在させた闇鍋なんて、創作物としてとっ散らかってしまう。扱いきれるはずがない。

 また、このデスゲームは紛れもなく現実だ。サスペンスドラマにありがちな、自己満足で無意味な見立て殺人など起きない。下手に証拠を残せば、主催者側の足がつく恐れもあるだろう。

 以上のことから、要素そのものに意味はないのではないか、という可能性が浮き上がる。単なるお遊びで用意しただけ。謎を解こうと躍起になった末、発見した武器で仲間割れさせるのが本質かもしれない。

 つまり、このデスゲームは、“生死を問わず六人を座らせて最後の一人が勝ち残る”か“ルールを無視して主催者を出し抜き脱出する”。この二択しかないのではないか。

 とはいえ、可能性の一つに変わりない。安路の言う通り、謎の先に第三の選択肢が現れてもおかしくないだろう。

 あくまでも頭の片隅に。あらゆる展開を想定するのが肝要。それだけの話だ。


「そろそろ次の場所に行きましょう」


 安路の手を引っ張り、リノリウムの通路に出る。

 次の行き先はペットショップかゲームセンター。前者は守が入り浸っており詳しく調べていない。後者はクロスボウが景品になっているので他にも隠しアイテムがありそうだ。

 ゲーム開始から約四時間以上経過。死者が一名出た。

 そろそろ大きな進展がありそうな頃合い――と思ったところで、タイミング良くそれは訪れる。

 通路の先から、一人の男が迫ってきた。


「嘘、でしょ」


 根っこが黒くなった金髪。厳つく角張った獰猛どうもうな顔立ち。

 参加者の一人、守だ。身に纏う作業服は真っ赤に染まっている。怪我けがではない。本人は至って健在だ。それに、引きずる金属バットの尋常ではない色が、返り血を浴びたのだと物語っている。


「まずいことになったみたいね」


 恐れていた事態だ。

 守のが外れた。本格的な凶行に走り出してしまったのだ。


「二人仲良く、オレのために死ねやぁぁああああっ!」


 飛びかかる守が金属バットを振り下ろす。恵流と安路は寸前で両側へ飛び退き回避。空振り、銀色の先端が床に打ちつけられる。

 だが、一撃で終わる訳がない。

 ぶん、と横薙よこなぎ一閃のフルスイング。大雑把な動作だが、殴られればひとたまりもない。こちらも紙一重でかわそうとするも、コンマ数秒動作が遅れる。安路は左肩を殴り飛ばされてしまう。


「ぐっ!?」

「クソッ、ファールか!?」


 幸い威力を受け流せたらしく、打撲は軽い模様。安路は左肩をかばいながら後ずさる。彼の弱い体では簡単に骨折する。恵流よりも耐久力がない。数発打ちえただけで再起不能になるだろう。

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