第23話

 

 残虐非道な事件を未成年が起こしたという事実に世間は騒然。

 子供は善悪の分別が未発達であり、処罰は寛大であるべきだ。

 子供を理由に許される所業ではなく、厳格な裁きを受けるべきだ。

 意見は真っ向から対立する。

 軽度な罰では少年犯罪を助長すると、遺族や市井しせいの民は厳罰を求めた。一方弁護側や一部知識人は、更生の余地を与えぬ不寛容な社会は法治国家ではないと反論。

 口角泡こうかくあわを飛ばす議論。

 だがそこへ――“女子中学生バーベキュー事件”だけに――火に油が注がれる。


「オレ達反省しています! 心を入れ替えて、誠心誠意社会貢献をしていきますんで!」


 守が最終陳述の場で放った言葉である。

 死刑回避のためひねり出した「反省しています」アピール。弁護士の入れ知恵、台本通りの薄っぺらい言葉。

 無論、世間はたけり狂った。一方「改心するなら」と、法の番人はほだされてしまう。

 裁判長は「人間性が芽生え、更生の可能性がある」とし、少年法も踏まえ、守は懲役十年、悪友二人に懲役五年と決した。

 遺族は不服、各所から判決を疑問視する声が上がった。しかし控訴こうそするも棄却ききゃく、裁判は少女の遺体同様不完全燃焼で終結した。

 守は少年刑務所に収監、成人後は通常の刑務所で過ごした。

 彼の下には多くのジャーナリストが訪れた。史上稀にみる凶悪事件の犯人として、記事のネタに取材を求めたのである。

 以下は、数あるインタビューのほんの一部だ。


「何故、“女子中学生バーベキュー事件”を起こしたのですか?」

「若気の至りっつーか? ほら、男って性欲無尽蔵じゃないっスか。まぁ事故みたいなもンすね」

「では、今の自分は反省していると?」

「してますって。だからこーしてパクられてンだし」

「ご遺族の方々に、胸を張って謝罪が出来るということですね?」

「言えるさ。オレの更生のために死んだんだから、マジサンキューって」


 刺激的な特集で読者の興味をあおりたいから。

 不謹慎な話題で注目を集めて購読数を増やしたいから。

 ジャーナリストの腹の内を知った守は、自身を棚に上げて下衆げすさを軽蔑けいべつ。どんな事件も飯の種。自分よりよほど悪い奴らだ、と内心せせら笑った。


「はーっ、やっぱシャバの空気ってうめーんだな」


 模範囚として刑にじゅんじた守は、たった五年で仮釈放された。その後の五年間、これといった問題は特に起こさず、晴れて社会復帰した。もっとも、出所直後は再就職先がなく、しばらく特殊詐欺の受け子をしていたのは、あまり知られてないのだが。

 転機が訪れたのは、現在の妻である女性に出会ってからだ。愛する彼女のために悪事からすっぱり足を洗い、甘い交際を経てめでたく結婚。二人の娘をもうけて父親になった。一軒家を建て、仕事も重要な役職を任せられ、満ち足りた生活を謳歌おうかしている。不良少年の一大更生サクセスストーリーである。

 ちなみに、共犯者の悪友二人だが、その末路は対照的に悲惨。一人は出所後バッシングに耐えきれず自殺。もう一人は再犯で獄中へ逆戻りである。

 ともかく、守は幸せを掴んだ。

 過去の犯罪は全て、自身が真人間になるために必要な踏み台。名誉ある犠牲だったのだ。

 みそぎは終わった。

 だからこそ、デスゲームを強制される現状が腹立たしい。


「オレを拉致ったの、遺族どもなんだろ?」


 この催しを企画した主催者達は、相当の財力を所持しているはず。どこから資金が出ているのか、皆目見当かいもくけんとうがつかない。

 だが、参加者に選ばれた理由は予想がつく。それはひとえに、被害者遺族が入れ知恵したからだろう。事件は遥か前のこと。未だに引きずる人間なんて、それくらいしか思いつかない。


「ッたく、済んだ話をいつまでもピーピーと、しつこいったらありゃしねーな」


 折角せっかく真っ当な人間になったのに。

 加害者にだって未来があるのに。

 人の心がないのだろうか。復讐は何も生まないというのに。

 大体、強姦加害者はそこら中にいる。再犯率が高いのに短い刑期で野に放ち、また新たな被害者を生む。前科者がすぐ隣にいるのだ。それでも、社会は現状を良しとしている。つまり、仕返しする方が悪なのだ。身の程を弁えてほしい。もっとも、娘に手を出す奴は、確実に挽肉ひきにくにするつもりだが。


「ンだよ、全員お出かけか?」


 コンクリート打ちっ放しの部屋。

 物言わぬ織兵衛が、椅子に身を預けている。他には誰もいない。

 残り四人、どこか店舗に隠れているのだろうか。

 金属バットを引きずりながら、“犬猫畜生”の前までやってくる。湧き上がる激情に任せて破壊し尽くした店。内装はボロボロで、商品は四方八方に散乱。まるで嵐が過ぎ去った後だ。ここに隠れる変わり者はいないだろう。

 となると、フードコートあたりが狙い目か。綺麗な水が飲めるし、くまなく探せば食料があるかもしれない。

 時計回りで歩けばすぐそこだ。まずは行ってみよう――としたところで、通路の奥より二つの人影が現れた。


「はっ。ンだよ、いるじゃねーか」


 やってきたのは安路と恵流の若者ペアだ。患者衣姿とセーラー服の組み合わせは奇妙だが、顔と背丈だけならカップルに見えなくもない。

 懐かしいな、と守はみにくく口角を釣り上げる。

 カップルと言えば、かつてよく仲間と共に襲ったものだ。人前で愛を見せつけてくるのが無性に腹が立った。なので男は半殺しにして縛り付け、目の前で女を輪姦まわしてやった。

 良い経験だった。大目に見てもらえる少年の内にやって大正解。おかげで愛の大切さ尊さを知ることが出来たのだから。

 当時のカップルには酷いことをしたが、更生したので過去は水に流してもらいたい。被害者だって、延々と恨んでいたら人生がもったいない。もっとハッピーに物事を考えた方が身のためだ。

 今だって恵流を犯すつもりはない。昔なら食べ頃とねじ伏せただろうが、娘を持つ父親として示しがつかないだろう。

 だが、殺させてもらう。

 守は獲物の二人へと歩みを進め――金属バットに更なる赤を添えようと振りかぶった。

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